|
「―――私の息子を、あんた達が笑いながら殺したんだ!
あんた達傭兵は、人を殺したって何とも思わないのだろう?!
そうでないって言うのなら、息子を還しておくれよ!」
憎しみを込めて、吐き捨てられた言葉。
「人殺し!人殺し!人殺しぃぃっ!」
狂ったように繰り返される、呪詛めいた叫びを耳にしながら。
思わず言い返そうとしたあたしの唇に、ガウリイは軽く人差し指を当てて制する。
「……いいんだ、リナ。オレは大丈夫だから」
そう言って力なく微笑(わら)った彼の瞳は光を宿してなくて。
虚ろな暗い淵を映し込んだようなその瞳は、わざと刀傷を作り、盗賊たちの屍の真ん中に立ち尽くしていたあの時と同じものだった。
廃村を出発し、半日をかけて辿り着いた隣の小さな町。
食堂で軽く昼食を取り二人でのんびりと香茶を飲んでいた、そんな時に持ち込まれた護衛の依頼。
15〜6才位の女の子を、彼女の祖父母と叔母が住む2つ先の街まで連れて行って欲しいというもので、あたし達の旅する方角でもあったから引き受けた。
だけど。
女の子を護衛して行った先の家は、なかなか立派な家だった。
彼女の叔母だという女性は穏やかな人で、通りすがりのあたし達を労ってくれた。
「よろしかったら、お茶でもいかが?」
護衛してきた女の子にも是非にと強請られ、ガーデンテーブルのあつらえられた庭へとついて行った。
そこで彼女の祖母と出会い―――冒頭の状況へと戻ることになる。
お婆さんが宥められながら家の奥へ姿を消し、彼女は何度も頭を下げた。
「ごめんなさい!お父さんが戦争で死んでしまってから、ずっとあんな風なんです。お父さんを殺したのはガウリイさんじゃないのに……」
「大丈夫だ、気にしてないよ」
必死になって謝る彼女の肩をぽんと叩き、ガウリイは微笑って見せる。
―――あまりにも透明な、綺麗すぎる微笑み。
その裏に押さえ込まれたガウリイの気持ちが、伝わって来るような気がして。
あたしは、内側から込み上げる胸の痛みを握りつぶすように。
二人に気付かれないように、片手で心臓の部分を鷲掴みにして、瞳を伏せた。
「大きな街で、よかった」
宿を取り、部屋に引っ込んだあたしは、誰に言うともなく呟いた。
あのお婆さんは滅多に家の外に――庭にすら――出ることがないって言ってたから、それほど神経質になる事もないのかもしれないけど。
今日みたいな事もあるだろうし、出来る限りあの家から離れていた方がいい。
お婆さんのためにも。
そして……誰よりも、ガウリイのために。
謝礼を貰って街の入り口に近いこの宿に落ち着くまでの間、ガウリイは何事もなかったかのように振舞っていたけど。
あたしの大好きな、明るい蒼穹の瞳に光が戻ってくることはなかった。
あたしは、あんな瞳をしている時のガウリイが―――怖い。
もし、あのまま彼が死んでしまったら……?
ガウリイが、あたしの傍から永遠にいなくなってしまったら……?
冥王にガウリイが連れ去られてしまった時よりも、遥かに深く強烈な恐怖。
あの時は『誰かに』ガウリイが殺される事で、彼を失ってしまう恐怖。
だけど、あんな瞳をしている時のガウリイは……まるで『自ら』消えてしまう事を望んでいるようだ、なんて―――。
……考えたくもない、最悪の形。
暗い考えばかりを喚起させてしまう、深遠の闇を宿したような、ガウリイの瞳……。
そんな事、ないよね?
自分から死んでしまいたいなんて、思ってないよね?
傍に――ずっと、傍に。いて、くれる、よね――?
あたしは腰掛けたベッドの上で自分の身体を抱きしめた。
じわり、と染み出すような恐怖に震えている自分を、落ち着かせるように。
目を閉じると、自分を責めるような悲痛な表情で微笑みながら、静かに涙を流していたガウリイの姿が浮かぶ。
あの日初めて話してくれた、あたしの知りたかった『ガウリイ』。
―――あたしの知らない、ガウリイの過去。
―――あたしの知らない、ガウリイの弱さ。
そして。
―――あたしの知らない………ガウリイの、深い、深い………傷痕。
もしかしたら、薄く儚い皮膜が覆い始めていたのかもしれないそれを。
冷酷に、無遠慮に。
抉ったのは、あたし。
今日の出来事は、抉られて血の滲む傷痕に止めを刺したのだと。
あたしには解っていた―――。
「……リナ?」
突然掛けられた、低くて優しい声。
いつの間にか俯いていた顔を慌てて上げると、そこには想像通りの人がいた。
少しばかり開いていた戸口に背を預け、躊躇うようにドアに手を掛けて。
彼はじっと、あたしを見詰めていた。
「ガウリイ。
何?もう夕飯食べるような時間だったっけ?」
今まで自分の中で渦巻いていた暗いものを振り払おうと、あたしは出来る限り明るくガウリイに声を掛ける。
彼は軽く頬を掻いて、ゆっくりとドアを閉めてこちらに歩み寄り、ちょっと考えてから、とすん、とあたしの隣に腰を下ろす。
そして静かにあたしの頭に右手を乗せ、慰めるように、ゆうるりと髪を梳いていく。
「ガ……ウ、リ?」
我ながら惚けた声だと思いながら名前を呼ぶと、ガウリイはあたしを抱き寄せて空いた手で背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「一体どうしたんだ?何だか元気がないぞ?」
「え?!……そ、そんな事ないわよ?
ちょっとお腹空いてるから、そう見えるんじゃない?」
早口にそう言いながら両手をぱたぱたと振って見せる。
これじゃ、いかにも『取り繕ってます』って感じじゃないのよ〜!
ガウリイって、ヤなトコで勘が鋭いんだから。
そろぉっと上目遣いに彼を見遣ると、案の定というか何と言うか……『しょうがないな』といった様子で小さく溜息を吐いていた。
少しだけ伏せられた彼の瞳に光が戻っている事を確認して、こっそりと安堵する。
「……やっぱり、オレの事が原因か?」
ううっ、何でこんな時ばっかり頭が回ってんのよおぉぉっ!!
あたしの嘘には信じられないくらい敏感な『自称保護者』さんに、仕方なく頷く。
「また、独りで抱え込もうとしたでしょ。
―――あたし、そーゆーのやめてねって言ったわよね?」
3日前の、あの日。
あたしは確かに、ガウリイにそう願った。
心の中で、彼の傷を抉ってしまった自分の迂闊さを呪いながら。
「……でもなぁ」
ゆっくり、ゆっくりと。
いつだって剣を握り、護ってくれる大きくて優しい手が、髪を梳き続ける。
「昔、言われたんだ。女の前で悩むことはするなって、さ」
それにオレは男だから。傍に居る女性(ひと)の抱える重さくらい、背負えなきゃな。
わざと軽く聞こえるように。
さらりと言っているように見せかけて。
ガウリイは、そう言って微笑った。
優しすぎる男性(ひと)。
自分の重すぎる過去を、きっちりと背負いながら。
柔らかな微笑みで、それを隠して。
あたしの罪まで『半分背負ってやる』といって、本当にそうしようとする。
「……っんなの……気にしなくて、いいのよ……っ!」
ねぇ。
その微笑みが、どれだけあたしの心に突き刺さっているか。
あなたは知らないでしょう?
依頼先の家を出てからずっと、心の中に蟠っていた気持ちに火がついた。
もう、止められない。
あたしはガウリイの胸に両手の拳をぶつけ、叩きつけるように言葉を紡いだ。
「言ったわよね?!
あたしは、背負ってもらうばかりでいるほど、弱くないって!
ガウリイがあたしの事を大切にしてくれるみたいに、あたしだって大切にしたいの!」
優しくて、強くて、だけどとても柔らかな温かい心は、一体どれほどの傷を抱えてるの?
孤独の中で、壊れてしまわないように。懸命に踏みとどまってるの?
「ガウリイの気持ちは嬉しいわよ。
だけど、自分で泣いてる事に気付かないままでいるガウリイを見てるしかないのは嫌だって……どうして……っ!」
あの時、初めて掬ったガウリイの涙。それはあまりに儚くて、綺麗すぎて。
あたしは、苦しくて、切なくて、どうしようもなくて。
もう、あんな哀しい泣き方をするガウリイは見たくなくて――――。
「男だからとか、女だからとか、そーゆーのは関係ないのよ!
ただ、護りたいの!
あたしが傷つかないようにガウリイが護ってくれるみたいに、あたしはガウリイの事を―――護りたいの!」
あたしは、欲張りだから。本当はガウリイに傷ついて欲しくなんかない。
心も、身体も。
でも、彼は傷を負うことなんて厭わないから。
今までそうだったように。きっと、これからも。
だから―――だから、せめて。護りたいと望むくらいは―――許してよ……。
「――リナ……泣かないでくれ……」
呻くような、苦しげな声が降って来る。
「……泣いてなんか…っ…ない、わよ……」
「……今にも泣きそうな顔して、何言ってるんだよ……」
辛そうに眉を寄せ、唇を噛むガウリイが視界に入る。
そんな表情(かお)しないで。
誰よりあなたには、笑っていて欲しいのよ。
あたしは顔を上げ、一生懸命意識して、挑むように彼の蒼い瞳を見つめる。
「じゃあ、約束してよ。ガウリイ」
「――約束?」
こくん、とひとつ頷く。瞳だけは逸らさないように。
「この前も言ったけど、あたしが隣にいる事。独りじゃないって事。
忘れたりしたら許さない。
ホントは、もう独りで悪夢(かこ)を抱え込んで欲しくないけど……今までに出来ちゃった保護者体質のお陰で『はいそーですか』って、あたしに話せないだろうから。
だから、あたしが隣にいる事を忘れないでいてくれれば―――今は、それだけでいいわ」
ガウリイが奪った、幾つもの命が残した怨嗟を。その魂(こころ)と身体に刻み込んで。
それでも尚、傭兵として生きるために、返り血で心を冷たく凍らせて。
同じ事を繰り返さざるを得ない道を歩いて。
それを『悪夢』と言わず、何と言うのよ。
「あたしが傍にいれば、何も怖くないって。
そう言ったのは、ガウリイ。あんたよ。
だから、いつだって。何処でだって。傍にいるわ。
離してなんて、あげないんだから」
あたしに半分背負わせてくれるつもりがなくたって、何処まででも一緒に行くわよ。
独りでなんて、行かせない。
奪い取ってでも、その『悪夢』を共有してやるから。
覚悟しなさい?ガウリイ。
彼はあたしの言葉に一瞬怯んだような光を瞳によぎらせて、ゆっくりと瞬きをした。
そして、ふわりと微笑む。
お婆さんに罵られた時のような何かを押さえ込んだ微笑みじゃなくて、どこか安らいだような、とても温かくて柔らかな……あたしの何よりも大好きな、陽溜りのような微笑み。
「…お前さんが――リナが、そう望むなら。
時間はかかるかも知れないけれど、少しずつ甘えさせてもらうさ。
その代わり、オレはオレの剣をもって。お前を護るから」
胸に叩きつけたままの、あたしの右手を取って。
ガウリイは騎士が忠誠を誓うかのように、手の甲に恭しく唇を落として言った。
は……恥ずかしいぃぃぃ……!!
真面目な顔でガウリイがそーゆー事すると、顔立ちが整ってるだけに絵になっちゃうんだよね……。結構長い事一緒にいるあたしでも、思わず見惚れるくらいには。
…その……か……格好いいのよぅ……。
あたしは顔が熱くなるのを自覚しながら、それを見られたくなくて慌てて俯いた。
くすり、とガウリイの笑い声が、あたしの心を包み込む。
そして今度はあたしの耳元まで唇を寄せて、聞こえるか聞こえないかの声で囁く。
「―――――」
ぼふんっ!
これ以上は無理っていうくらいまで、瞬間的に頬に血が上る。
そりゃあ、あたしだってこの前『独り言』と称して同じよーなセリフを勢い余って吐いちゃったけどっ!
「ガ……っ、ガウリイ……!!」
「冗談とかじゃないぜ?オレの本気だから。
リナもちゃんと覚えててくれよな♪」
……あうぅぅ……
心底楽しそうに言うガウリイ。
何となく、あたしの反応を見てからかって遊んでるようにも見えるんだけど……本心は何もかもが信じられないくらい嬉しいから、反撃できないのが悔しい。
―――ううっ、惚れた弱みよねぇ……。
「さ、そろそろ飯食いに行こうぜ?」
ずっと髪を梳いていた手で、いつものようにぽんぽんと頭を撫でられて。
あたしは片手でぱたぱたと熱くなってしまった顔を扇ぎながら。
ゆっくりと二人で立ち上がり、暗くなり始めた部屋を出た。
どうか、どうか。
彼がこれ以上、傷つく事がありませんように。
傷ついてしまっても、あたしが彼の安らぎの場所となれますように。
ほんの一時でもいい。
傷ついて、泣きたくても泣けないでいる彼が、心安らかに眠れますように。
傲慢だと謗られても、構わない。今まで傷を癒せる場所を持たなかった、彼のために。
あたしは、彼に、祈る。
END
|