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闇の中で、あたしはただひたすら息を殺していた。
このまま、ガウリイに見つからずにいられれば。そうすれば、彼から離れられる。
もう、いつ彼を失ってしまうのかと……怯えなくてすむ。
そう考えた時だった。
森の中を吹き抜ける夜風が、もう一つの恐怖をあたしに思い出させた。
ガウリイが、あたしの傍にいなかった………あの時を。
思わず大声でガウリイを呼びそうになって、あたしは自分の口を押さえた。
呼んでは駄目。
見つかっては駄目。
ガウリイに会ったら……彼の顔を見たら。また離れられなくなる。
でも……………っ
「リナ」
声と同時に、背後から伸びてきた腕にあたしはふんわりと抱きしめられていた。
「どうしたんだ?こんな所で」
「………なんで見つけるかなぁ………あんたってば、ほんとに……」
「?」
暗くて表情は分からないけれど、怪訝そうな様子が伝わってくる。
ガウリイの腕から離れようとして、あたしは不覚にも捻った足に力を入れてしまい、呻き声をあげてしまった。
「リナ?どうした?怪我してるのか?」
途端に慌て出すガウリイに、苦笑が漏れる。
こいつときたら、自分の怪我には無頓着なクセに、あたしがほんのちょっとでも怪我をしたら大袈裟なくらい心配するのよね。
ちょっとした怪我くらい、あたしはすぐに治せるのに、ね。
「大丈夫よ。ちょっと捻っちゃっただけ。すぐ治すからそんな心配そうな声ださないでよ」
「そうは言うけどなぁ……」
「本当に大丈夫だから………って、ちょっと!」
ひょいと抱え上げられ、あたしは焦った。
これぐらい暗かったら、あたしが赤くなっても気がつかれないですむのが救いと言えば救いなんだけど。
「いいからじっとしてろ。痛むんだろ?」
「それはそうなんだけど……今、回復呪文かけるから自分で歩いていけるわよ」
「駄目。いいから大人しくしてろ」
……こういうときのガウリイには、逆らうだけ時間の無駄というもの。諦めてあたしは腕の中で大人しくしていた。
だいぶ暗闇に慣れたとはいえ、あたしにはほとんど全く何も見えない中を、ガウリイはすたすたと歩いていく。
時折枝を払って、あたし当たらないようにしてくれながら。
離れなきゃ………そう思っていたのに。
伝わってくる鼓動に、温かさに、やっぱり安心する。
いつまで………あたしはこれを繰り返すんだろう?
「なぁ、ちょっといいか?」
「何」
「何で、隠れてたりしたんだ?」
ぎく………
「………何となく、よ」
何とか平静を保って答える。
いつもと同じように……答えられたよね。
「何となくで、気配まで消して、違う方向へ導くようにするのか?」
「………そーよ」
ガウリイが、小さく嘆息した。
それにしても、気配を消したのに分かっちゃうあたりが常人離れしてるのよね。
戦った場所は野営地に選んだ場所から離れてる。そのうえ気がつかなかった崖から落っこちたんだから……
随分あちこち、あたしを捜して回ったんだろうか。
「リナ」
「何よ」
「いなくなるつもりだったのか?」
「え?」
「俺の前から……いなくなるつもりだったのか」
それは。
あたしが今まできいたことがないくらい、低い声で。
何かを押し殺したような声に、あたしは……答えられなかった。
いなくなるつもり……だったから。
あのままガウリイが気がつかなかったら……
「……………ねぇ、ガウリイ」
「何だ?」
「あんたさ……いつまで、あたしの保護者、してるつもり?」
………いつかも同じ質問をした。
あの時は、『一生か?』って言ったっけ。でもその後すぐ寝ちゃってはぐらかされたのよね。
でも……あの時は、あれでほっとした。もしあの時はっきりとガウリイに答えられていたら……
あたしは………
でも、もう逃げられない。
あたしも、ガウリイも。
「一生って言わなかったか?」
「それ、意味分かって言ってるの?」
「分からないで言う科白じゃないだろ?」
………はぅ。
はぐらかされたような気がする。
どう言えばいいんだろう……
「もうすぐ着くぞ」
「……そ」
「疲れたんだろ。見張りは俺がやるからリナは寝ていいぞ」
……こうやって、ガウリイはあたしを優先する。疲れているのはガウリイも同じ…っていうか、あたしを捜して歩き回った分ガウリイの方が疲れているかもしれない。
野営地に戻って毛布にくるまった後も、あたしはちっとも眠くならなかった。
………やっぱり、もう逃げられない。
「ガウリイ」
「何だ、まだ寝てなかったのか?」
焚き火に枝をくべながらガウリイが振り返った。
「目が冴えちゃったわ」
「それでも横になって目を閉じてろよ。眠れなくても少しは違うぞ」
「………寝られないわ。もう。
ちゃんと答えを出さないと。安眠なんて無理だわ」
そう言いながら起きあがったあたしに、怪訝そうな顔を向けるガウリイ。
怖くないかと言えば、正直言ってかなり怖い。今あたしが得ている位置は……あまりにも心地良いから。
「さっきの事だけど」
「…………」
「あたし……あのままガウリイが気がつかなかったら、そのまま別れてもいいって考えてた」
ガウリイは何も言わず、ただ持っていた枝を焚き火に放り込んだ。
でも、あたしが言った瞬間、微かに身体を震わせた事に……あたしは気がついた。
「何も言わずに、か?」
「えぇ」
「何年も一緒に旅してきた相棒に?」
「そうでもなきゃ……そうでもしなきゃ、離れるなんて出来ないからよ」
「どうしてだ?何でそうまでして」
ともするとそう尋ねるガウリイから視線を外しそうになるのを必死で抑え、あたしは息を吸った。
「ガウリイが………好きだからよ」
今度は。
はっきりと分かるくらいガウリイの体が震えた。
「はっきり言って、あたしと一緒だとろくな事件に遭わないじゃない?自慢じゃないけど普通の人なら一生かかったってお目にかからないような事件が目白押しだし……
デメリットばっかだと思うのよ。あたしの傍にいると。
そりゃ、あたしだってそう簡単にやられたりはしないわよ。けど……ミリーナみたいな事があるじゃない」
まともにガウリイの顔を見られなくて、あたしは一気にまくし立てた。
あたしと一緒にいる事が、どれだけガウリイにとっては不利益なのか。
「幸い、斬妖剣だって見つかったわけだし……ここらで離れた方がいいと思うのよ。
ガウリイなら就職先には不自由しないでしょ?何も自分の命を危険に晒してまであたしに付き合う事なんてないんだから」
ガウリイは、何も答えなかった。
「そう言うことだから。この森を抜けたら、別れましょ」
それだけ言って、あたしは頭から毛布を被った。
あたしというお荷物から解放されて、ほっとしているガウリイを……見たくなかったから。
……隣で、ガウリイが立ち上がる気配がした。
朝になる前に、行くのかな。
それならそれでも……いいや………
「なぁ、リナ」
「…………………………………………なに」
「お前さんの言いたい事は、分かった」
「あ、そ……」
「今度は……俺の話を聞いてくれないか?そのままでいいから」
ガウリイがあたしのすぐ傍に腰を下ろした。
「リナは、さっき『自分と一緒だとデメリットばっかりだ』って言ったよな?」
「実際そうじゃない」
「確かに、世間一般の奴から見れば、そうかもしれない」
「…………………………………………」
「でも、な。俺はそう思っていない」
……え?
「リナは以外に思うかもしれないが……俺にとっては今ほど自分が生きていると思えた事は無かったんだ。
……リナに、出会うまでは」
ガウリイの言葉は、あたしにとって理解しがたいものだった。
生きていると思えたことがないって……それって……
「なぁ、リナ。俺は、昔あの光の剣を持って家を飛び出した。俺の家は、あの剣を巡った争いが絶えなくて……それに嫌気が差したんだ。けどお前さんみたいに頭が回るわけでもなくて、結局剣を使う以外に生きていく術を持てなかった。
戦場から戦場へ渡り歩いているうちに、剣の腕だけはあがったよ。でもその分、俺の中で何かが少しずつ死んでいっていた。でもその事にすら気がついてはいなかった」
あたしはいつの間にか、被っていた毛布から顔を出していた。あたしの傍らで話すガウリイの声が、あまりにも辛そうで、痛くて……
でもあたしを見るガウリイの顔は、穏やかだった。
「実を言うと、何度もあの剣を捨てようとしたんだ」
「捨てるって……光の剣を!?」
「あぁ」
あぁってんなあっさりと……大体あたしがいくら『ちょーだい♪』って言っても嫌だの一点張りだったクセに。
目をぱちくりさせるあたしに、ガウリイは苦笑した。
「今『なら何であたしにくれなかったの?』って考えただろ」
「うん」
素直に頷いたら、ガウリイは苦笑した。
「俺はあの剣が嫌いだった。でも、手放したところで、あの剣はきっとどこかでまた俺の家で起きたのと同じ事を引き起こすだろう。そう考えるとどうしても手放せなかったんだよ。
……まして、リナに渡すなんて考えられなかった」
ガウリイの大きな手が、あたしの髪に触れる。
「リナが、家族に愛されて育った事はすぐに分かったよ。だから尚更、災いの種を撒くわけにはいかなかった」
「そっか……考えてみれば、あれって異世界の高位魔族だもん。やっぱり所有者の負の感情とか……食べてたのかしら」
「そうかもしれないな。
………でも、リナのおかげで、俺はあの剣を生かすことが出来た。リナのおかげで、俺も、あの剣も、生きることが出来たんだ」
……ガウリイが話すことは、あたしにとって意外すぎることばかりで。
ただ、穏やかに微笑むガウリイの顔を馬鹿みたいに見つめていた。
「だから、どこかに行こうなんて考えないでくれ。リナ」
「ガウリイ……」
「リナを失ったりしたら……きっと俺は生きていけない」
「な、何言って……」
ま、真顔でしかもあたしの顔まっすぐに見ながら何言い出すのよっ。
急に気恥ずかしくなって、あたしはガウリイから目をそらした。
くすくす笑いながら、ガウリイの手がまたあたしの髪を一房掬い上げた。
「俺も……リナが好きだよ。世界の何よりも……リナを愛している」
「!」
今更ながら頭に血が上ってきたらしい。きっと顔どころか全身が真っ赤になってる。
そりゃ、自分から好きって言ったけど!やっぱ言うのと言われるのとでは……って……………え?
ガウリイ、今なんて言った?
あたしの空耳じゃなければ……その、好きって言ってもらえたような……
「リナ」
「ち、ちょっとガウリイっ!」
事もあろうにガウリイは毛布ごとあたしを抱き上げた。
これじゃ恥ずかしくて堪らないのに暴れられないじゃないのぉっ!!
「俺は、リナを絶対に一人にしたりしないよ。だから、リナも俺の傍にいてくれないか?」
………絶対?
「………絶対なんて、誰にも言えないわ」
「それでも、絶対」
絶対、なんて。
あり得ないことなのに。そんなのは嫌と言うほど分かりきった事なのに。
不覚にも、あたしはこくんと頷いていた。
「約束だからね」
「あぁ」
「やぶったら、承知しないんだから。お墓なんて作ってやらないわよ。みんな纏めてドラスレで吹っ飛ばしてやるんだから」
「あぁ」
「わかってんの?」
「リナを一人にしなければ良いんだから、大丈夫」
「…………のーてんき」
あぁ。
それでも。
あたしは、ガウリイのこの微笑みに。
いつも救われているのだ。
この、のーてんきでお気楽な、剣術馬鹿くらげに。
そしてあたしは、いつの間にかそのまま眠ってしまっていた。
朝が来たら、また旅が始まる。
明日何が起こるか分からないけれど。
この一夜の出来事が、それからずっと、あたしに新しい朝を導いてくれた。
終
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