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いつかオレの仮面がはがれ、全身に陽の光を浴びることができたなら。
オレはお前に伝えられるのに。
…愛していると。
「泣きなさい。」
静かに一言、彼女は言った。
降り注ぐ月光に浮かび上がる、女神の神々しさと母親の温かさ。
――心が、震えた。
「涙 sideG」
月のきれいな夜だった。
焚き火ごしに、こちらに背を向けて眠るリナを見つめながら、オレは叫び出しそうな心を必死にこらえた。
助けてくれとすがりつきそうな声を、必死に、こらえた。
きっかけは些細なことだった。
昨夜オレはなぜか眠れず、隣の部屋でリナが寝入っているのを確認すると、酒場へくりだした。
そこで偶然会ってしまった。昔のオレを知る、かつての傭兵仲間と。
流れ上仕方なくそいつと酒を酌み交わすハメになり、オレは適当に相づちをうっていた。
そいつがこう言うまでは。
「しかし、お前って変わんないのな。」
「え?」
オレは驚いて思わずそいつの方をむいた。
リナと共にいるようになってから変わったと言われることが多かったし、オレ自身少しは人間らしくなったつもりだった。
「いやな、昼間お前ちっこい嬢ちゃんといただろ。
確かに雰囲気は丸くなったけどさ、嬢ちゃんに対する態度、あれ演技だろ?
親しそうに振舞っても結局は誰も信じてないトコ、変わってないんだなって思ってな。」
苦笑しているような、哀れんでいるような、そんな表情が目に焼きついた。
「信じていない」
そのことはオレに、リナとオレの距離を痛感させた。
リナと初めて会ったとき、目があった瞬間にその輝きに捕われた。
闇に初めてさした、光だった。
足がすくんだ。
一度この光を見てしまったらもう戻れない、そう思った。
だが光の世界は眩しすぎて、オレはその光を直視できなかった。
醜い素顔をさらすことができず、オレは仮面をつけた。
陽の光に、オレはどうしようもない程魅かれ、そして同時に恐れた。
出会って4年。
リナはゆっくりと、でも確実に、オレの手を引いてドアの前まで連れてきてくれた。
ドアの外には光の世界。
リナはいとも簡単に扉をくぐると、振り返ってオレに手をさしのべる。
陽の光の中で、ふわりと微笑んで。
その手を取りたかった。
でもオレは最後の一歩がどうしても踏み出せなかった。
光にさらされれば、仮面をつけていることがわかってしまう。
そのとき、リナはどうするだろうか。
誰かを信じたかった。
リナなら信じられると思った。
けれど、もし否定されたら、オレはどうやって生きていけばいい?
オレは――臆病だった。
オレはこのままリナを見ているのがたまらなく切なくなって、逃げるようにその場を離れた。
湖面に映る月は幻のように儚げで、風が吹けば揺らめきかすんだ。
まるで、リナと過ごした4年間がすべてうそだったと嘲笑うかのように。
「残酷だよ…リナ、お前さんは。」
リナは人の心に土足でズカズカ踏み入るようなことはしない。
だからオレの仮面に気付いても、気付かないふりをするだろう。
リナは自分の意思を押し付けたりしない。
だから扉の前でオレの手を離した。
オレが望めば、光の世界に行くことも、闇に留まることもできるように。
それは彼女の優しさで。
そんなことはわかっている。
わかっているけれど。
そんな優しさは同時に残酷だった。
いっそのこと無理やり仮面をひきちぎってくれれば。
強引に光の世界に連れ出してくれれば。
そうすればオレはお前の手を取れるのに…。
「助けてくれ…リナ…」
無理やりでもいい。
オレにお前を信じさせてくれ。
心が、痛い。
いったんは雲から出た月がまた雲にのみ込まれていくのが自分の姿のようで、オレはたまらず顔を覆った。
このときオレはひどく動揺していて、リナの気配にさえ、気付かなかった。
「泣きなさい。」
静かな声が頭上から降ってきた。
オレははじかれたように顔をあげた。
月を背にたたずむ彼女は、いつもよりずっと大人びて見えた。
視線が交錯する。
いつもは挑戦的な強い光を放つ瞳も、今は穏やかに凪いでいた。
声がでなかった。
心が震えた。
「泣きなさい、ガウリィ。」
視線を合わせたまま、リナは静かに繰り返した。
女神の神々しさと母親のあたたかさ。
その二つを兼ね備えた瞳だった。
そのとき初めて、オレは理解した。
リナはオレが思うよりずっと大人で、オレが仮面をつけていることなどとっくにわかっていたのだと。
わかっていて、オレのために知らないフリをして、リナは待っていたんだ。
オレが、自分から仮面をはずすのを。
そして今。
陽の光が恐いと言うオレに、再びチャンスをくれたのだ。
やわらかい月の光の中で、オレを照らしてくれながら。
信じさせてあげるから、信じてみなさいと。
唇が震えた。
指先が震えた。
そして。
オレは生温かいものが頬を伝うのを感じた。
――幾筋も。
「…ばかね。」
ふわりと破顔して、彼女は優しくオレの頭をひきよせた。
「…っ!!」
飽和状態になり溢れ出た感情にまかせて、オレはリナの細い腰をきつく抱きしめ激しく泣いた。
恥も外聞もなく。
幼子のように。
リナは何も言わずに、ずっとオレの髪を梳いてくれていた。
『ガウリィや。よく聞きなさい。
人は泣いて大きくなるんだ。
思いをためると膿になる。
だから、泣きたいときには我慢せず思いっきり泣くんだ。』
ああ、これはばあちゃんの言葉だ。
ぼんやりとした頭の奥で、オレは思った。
オレは、ばあちゃんが死んでから初めて、――声を出して、泣いた。
そして。
カランと音をたてて、オレの仮面がくだけちった。
やがて陽が昇り、湖を優しく照らしたら。
オレは素顔のままで陽の光を一身に受けよう。
そして今度こそお前に伝えよう、
お前をこの胸に閉じ込めて。
ずっと、伝えられなかった言葉を。
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