梅雨の事件簿 

 


 

 しとしとと降り止まぬ雨が続く頃。
 雨音は在りし日の感傷を呼び起こす。
 既に遥か過ぎ去った…けれど、未だ色鮮やかな夢の日々を。

 ―――ああ……わたしの王子様……


 待って待って待ち続けて……そして今もあなたに会える日を待ち続けている。
 どれだけの時が流れようと、ただずっと。
 ―――早く迎えに来て下さい……王子様……
 しとしと降り止まぬ雨が、深い眠りの淵から彼女を手招きしている。
 厳重に隔離され、関係者以外はその存在すらも知らない展示室の片隅で。  目覚めた『彼女』がゆっくりと、夢見心地な瞳を開いた。
   ―――愛しい愛しいわたしの王子様……でも、少し待ちくたびれてしまったわ。
 いつの時代でも、王子様と出会うのは至難な業。
 それでも、いつか必ず訪れるはずの王子様の迎えを待つのは乙女の永遠の夢。
 だから、ここでずっと待っていたけれど……
 ―――……わたしから迎えに行ってもいいかしら…?
 おしとやかで清純な花も恥じらう乙女が、王子様の迎えを待つのではなく自ら迎えに行くなんて、それはとても淑女のあり方ではないかもしれないけれど。
 『王子様』はいつだって限定品だ。
 大人しく待っている間に他の誰かに奪われてしまっては意味がない。
 どんなに貞淑であっても『わたし』を選んでもらえなければ、意味がない。
 ―――そうよね。今の時代、やっぱり女の子から積極的にいかなくちゃ!  長い間眠っていたから彼女に取っては『今の時代』も何もないのだが、どうやら夢見る乙女はおかしな方向にスイッチが入ってしまったらしい。  ―――そうと決まったら……あら?…あらら!?
 しとしと降る雨に紛れて、乙女の思いは交差する。
 本人たちも知らぬ間に。

   ―――ああ…待っていて下さい、王子様。今会いに行きますから……

 夢見る乙女たちの願いを雨が引き寄せ、そして鈍色の空に吸い込まれていった……―――

 

 

???


 しとしとしとしと…あーもー鬱陶しい。
 「……大技使って雨雲吹っ飛ばせるかどうか実験してやろうかしら」
 「……やめろって。お前さんのは本気で洒落にならんから」  
 半ば本気の冗談に、ガウリイが心底呆れた目を向けてきた。
 「梅雨なんだから雨が降るのは仕方ないだろう?」
 「そうだけど、濡れるし湿気が多いからじめっとするし、蒸し暑いし、イヤ」
 「……梅雨の季節を全否定かよ……」
 「性格的に合わないのよ、梅雨って。こう、降るか止むかはっきりしろーっ!ってイライラしない?」
 「まぁ…その気持ちはわからんでもないが……雨なのわかっていて仕事受けたのはお前さんだろ、リナ」
 「……そーだけど」
 ガウリイのツッコミに軽く口を尖らせて、気分を変えるようにくるりと傘を回す。
 飛び散った雫が暗い夜道をぼんやりと照らし出す街灯の明かりを受けて、闇の中にキラリと一瞬の輝きを乗せて消えた。
 嫌いな雨の中、しかも夜に出歩いているのは、これが『仕事』だから。  そして、その『仕事』とは俗にいう『ゴーストハント』。
 そう。
 あたしたちは、これから幽霊退治に向かう途中なのだ。


 冬のある日。
 厄介な生き霊に取り憑かれて殺されかけていたガウリイをたまたま助けた時から始まった、あたしとガウリイの『相棒』関係。
 そして春。
 『聖セイルーン学園』高等部2年に進級したあたし、リナ=インバースの前に、『産休代理の臨時教師』として彼、ガウリイ=ガブリエフがやって来た。
 今まではゴーストハントの『相棒』だったのが、更に『生徒と教師』の関係も上乗せされて。
 でも、私たちの基本スタンスは変わる事なく今も続いている。
 さすがに他の生徒たちの前では、そんなそぶりは見せないけれど。
 何と言ってもガウリイは黙っていれば完璧な美形だし、基本的に良い人で面倒見もいい。学園の中でもかなりの人気者だ。
 あたしは、通称『魔女』と呼ばれている霊能美少女。……こらまて、笑うなそこの浮遊霊ども!
 物心ついた時からあたしの世界には当たり前のように存在していた『幽霊』と呼ばれるモノ。
 その正体は何なのか、そしてあたしの持つこの力は何なのか……それを研究するうちに、自他共に認める『オカルトマニア』になってしまったのは仕方がない。
 人とは少し違った特技を持つだけーーーそういうスタンスで接してくれた家族の影響もあって、あたしは自分の特殊能力を積極的に誇示する事も、卑屈に隠したりもしない。
 そんなあたしの周りには、いつしか似たような力を持つ人が集まっていた。
 ガウリイは、幽霊の姿とかは見えないけれど、『気配』というものに獣並みに敏感に反応する。
 そして、彼にお守り代わりとしてあげた『魔除けの石』と奇跡的な相性の持ち主で、厄介で凶悪な霊と対峙する時だけ、彼は優秀な『退魔剣士』へと変わる。
 だから、相棒として手放せない。
 後は、あたしの親友で『聖セイルーン学園』の高等部生徒会長であると同時に理事長の娘でもあるアメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。
 通称『巫女姫』と呼ばれる彼女は、実際に『浄霊』の力を持つれっきとした『巫女』だ。
 そして、あたしと一緒に『オカルト研究会』を復活させた副部長。当然の事ながら部長はあたし。
 そして今夜のような『仕事』も実は部活の一環だったりするのだ。
 巷で困っている『心霊関係と思われる不可解な現象』を『調査&解決』するのが、あたしたち『オカルト研究会』の主な活動内容で資金源。
 幽霊たちを科学的に調査して証拠を残すという地道な作業には何かとお金がかかるものだし。
 研究出来てお金も稼げて困った人までついでに助ける、うん、なんて完璧!
 ……まぁ、現役の学生で、あくまで『研究会としての活動の一環』なので、『仕事料』はあくまで 『謝礼』としてしか要求出来ないんだけどさ。
 幽霊の存在とそれにまつわるいわくや事件は、信じるものは信じているし、信じないものは頭っから否定する。
 けれど、特に宣伝していないにも関わらずあたしたちから出向かなくとも『仕事』は結構入ってくるものだ。
 完全なる勘違いから研究材料として興味を惹かれる事象、危険な緊急性を帯びたものや、興味なくて面倒そうだけど付き合い上断れないようなものまで。
 ―――そう。今回の『仕事』はまさにそのパターンだったりする。  

  「……あーもー面倒くさいー……お金にもならないしデータ取れるわけでもないし……」
 「そう言うなって。日頃から世話になってるんだから仕方ないだろ」
 「……わかってるわよ……」  
 こんな雨の中特に興味を惹かれない面倒な『仕事』をわざわざ受けたのは……それはうちの学園長直々に依頼されたものだったからだ。
 まぁ、なんというか……世の中は持ちつ持たれつというかギブ&テイクというか……理解あるスポンサーからの無茶振りには逆らえないという世の中の掟というか。
 『廃墟で肝試しする若者たちを穏便に追い払って欲しい』―――こんな依頼内容でテンションあげろって方が無理ってもんだ。
 『廃墟での度胸試し』……どの街にでも有名な『心霊スポット』というものはあるもんである。そして、面白半分に近づく奴が後を絶たない。
 しかし、その場所に本当に幽霊がいるかどうかは、彼らには関係ないのだ。ただ『恐怖』という一時のスリルと冒険を求めているだけなのだから。  あたし的には、ほっとけ、ってもんなんだけど…でも、その若者ってのがどうやらうちの学園の生徒も混じっているらしくて、学校側としてもどうにも放っとくわけにもいかなくなったそうな。
 それで、あたしたちに話が回ってきたというわけだ。
 ……幽霊よりも人間の方が物わかりが悪いっていうのに……
 「大体、幽霊が実際にいようがいまいが、そいつらが『肝試し』してることに変わらないじゃない。そこが本当の心霊スポットだとして、もし除霊したとしてもまた忍び込み始めれば、浮遊霊なんかが面白がってまた寄ってくるだろうし」
 しとしと雨に釣られてぶつぶつ愚痴がこぼれだして止まらない。
 今は眼鏡をかけているから雑魚たちの姿は見えないが、大抵そういう心霊スポットなどでちょっとした悪戯をしでかしているのは大本の地縛霊ではなく悪戯好きの浮遊霊たちだ。
 生きている人を脅かし驚かし怯えさせて楽しむのが彼らの存在意義でもある。
 「そうだなぁ……しかし、そうなると肝試しを根本的にやめさせるにはどうしたらいいんだ?」
 「幽霊たちを活性化させて思いっきり脅かして、2度とこの場所に近付こうなんて気にならないくらいのトラウマを植えつける!」
 ガウリイの質問に間髪入れずに言い切ったあたしの答えに、ガウリイの青い傘がガクッと揺れた。
 人間、本気で死ぬ思いしたらなけなしの防衛本能も目覚めるだろうし。  ほら、『言ってわからない奴は身体で覚えろ』っていうじゃない。
 「……相変わらず極論と言うか、お前さんらしいちゅーか……もっと穏便なのはないのかよ」
 「一番現実的なのは、不法侵入ってことで警察にお灸据えてもらうのがいいとは思うけど?それだってある意味トラウマにはなるだろうし、肝試しなんかで警察に捕まりたい人はそうはいないでしょ。ま、それが世間体によくないからあたしたちに仕事が回ってきたわけだけど」
 「あー……確かになぁ……」
 微妙な顔で思わず雨の空を仰いでガウリイが深い溜め息をついた。
 「オレも若い頃は肝試しとかやったが…そうか、不法侵入になるんだよな……」
 「そうよ。それで怯えて驚いたりして持ってたライター投げ出して逃げ帰ったら火事になりましたー…なんて間抜けなニュースが結構あるんだから」  「そうなる前に、オレたちにどうにかしろっていうんだな」
 「そう言う事。生徒が廃墟に侵入して小火騒ぎ起こしました…って、そんな事になったら学園としては堪ったもんじゃないでしょ」
 肝試しした本人が自業自得の目に合うのはいいが、風評被害を引き起こさせるわけにはいかないのだ。
 ―――我が『オカルト同好会』を最初に立ち上げたのが、学園長の長女…すなわちアメリアの姉さんで、今はアメリアも所属しているという事で、学園長からは高い調査機材の購入資金や他の事でも色々と援助してもらってるし……
 はぁ…しゃーない。
 「ぐちぐち言っててもしょーがないし、さっさと片付けて帰りましょ」  「そうだな」
 「幽霊がいてもいなくても廃墟ごと吹っ飛ばしちゃうのが一番簡単なんだけど、ダメ?」
 「だからやめろって」
 再び呆れたジト目で見下ろしてくるガウリイに、冗談だってばと肩を竦めてみせた。

 ―――冗談のつもり、だった。  実際に『あの光景』を目にするまでは。

 

 



 

♪『トワイライト狂想曲』から『梅雨の事件簿』前編をお届けしました。

『黄昏色ラプソディ』の続きです。夏になって幽霊たちも絶好調?いや、オカルト風味なだけで怖さはほとんどありませんが(^^;)
前回出れなかった、『アメリアの守護霊』なゼルガディスや、『憑衣体質な保健医』のシルフィール、『自称古代ゾアナ王国の末裔』なマルチナ、など。ドタバタ度は前回よりも上がっている、はず。

学園パラレルラブコメオカルト風味♪
よろしかったらお気楽に読んでやって下さいね♪