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『美味しいものを腹いっぱい食べたいと願うのは、人間として当然の欲求』だと思う。
それに、男だって思う存分甘いお菓子を食べたいと思うのは自然なことだ。
単に個人的な嗜好の違いなだけで、男全般が甘いものが苦手って感覚は一体どこからくるんだか。
しかし、美味しくて甘いスイーツを腹いっぱい食べたくなった時に、行く店に悩む男は秘かに結構いるはずだ。
デザートビュッフェもケーキバイキングも、客の大半は女性ばかり。
そんな中に乗り込んで思う存分食べる一人身の男に対する回りの視線は、割り切っていてもどこか切ない。
好奇心と同情と哀れみが混じった無数の微笑をものともせずに食べ続けられるほど美味しいスイーツならば我慢もするだろうが、そうでなければ最初から諦める男の方が多いだろう。
だったら、自分で作ってしまえばいいじゃないか。
飛び切り美味しくて甘いものを腹いっぱい食べれるように、自分好みのスイーツを!
『スイーツ職人』になる。
そんな進路希望を出して、高校卒業と同時に修行を始めて早5年。
『美味しいものを腹いっぱい食べたいと願うのは人間として当然の欲求だ』、との信条のままに、休みの日はデカ盛りやバイキングやチャレンジメニューの制覇などの食べ歩きをしているうちに、いつの間にやら『フードファイター』などと呼ばれるようになっていた。
人一倍食い意地が張っている自分でよかった。
でなければ、彼女に出会うことはなかっただろう。
小さいくせに、一体その小柄な身体のどこに大量の料理が消えるんだ?と本気で不思議な1人の少女。
行く先々のフードファイトの店先に貼られてあった少女の名前と得意げな笑顔の写真がずっと気になっていた。
自他共に認める記憶力皆無のオレが、だ。
一体どんな子なんだろうと思ってた。
いつか、どこかで会えたらいい…いや、きっとどこかで会う時が来るだろう。と。
そして。
ある店のフードファイトの場で、出会ったのだ。
彼女の名前はリナ=インバース。
中学生と間違えられても納得な小柄な体型と愛らしい童顔。特に胸には成長の兆しがない。あれだけ栄養は取っているはずなのに。
黙って立っていればそこそこ可愛いが、色気より食い気が勝ってて、すぐに手は出る足は出る口も出る。
勝ち気で強気でとことんポジティブで、バワーの塊みたいな奴だ。
男相手でも平気で喧嘩するし、武勇伝は数知れず。
しかし、その無邪気で無鉄砲な奔放さが見ててどうも危なっかしい。
だから、目の離せない元気な妹が出来た感じだった。
最初のうちは。
◆◆◆◆◆
「ショートケーキとナポレオンパイ、マカロンセットがお2つ。以上でよろしいですか?お待たせいたしました。ありがとうございます」
明るい声がケーキの甘い匂いに包まれた店内に響く。
客足が多くなってきた平日の午後。
決して広くはない店内にそれなりのお客が出入りしていた。
その接客を1人でくるくると手際よくこなしている少女の姿を厨房からこっそり眺めて、オレは安堵の吐息をついていた。
笑顔のまま、手慣れた手つきで注文されたスイーツを箱に入れ、簡単な包装をして客に渡す。
高校の制服の上から、少し大きな店オリジナルのエプロンをつけて。
「ベイクドチーズケーキですか?もうすぐ出来上がる頃ですので少しお待ち下さいね」
その単語にはっとしてケーキを切り分けていた手を動かし始める。
濃厚ながら素朴なベイクドチーズケーキは、この店の人気商品だ。これを目当てに買いにくる客は多い。
しかし、今日はオーナーじゃなくオレが作っているから、いつもとは微妙に味が違う…と思う。
いつもより緊張しながら、オレは切り分けたばかりのケーキをショーケースに移すべく厨房から店内に出て行った。
「リナ」
「あ、丁度よかった。これ待ちだったの」
厨房から姿を見せたオレ…正確には手にしたケーキを見て、リナの顔がパッと輝いた。
店内にいた客のほとんどがこれ待ちだったらしく、作ったばかりのケーキはショーケースに移すまでもなく、全て売れていった。
「ありがとうございました」
「お気をつけて」
ムムムムからんっ
取りあえず最後の客を送り出すと、2人同時に小さな溜め息をついた。
「お疲れさん。いや、しかし本当に助かったよ。オレ1人じゃ全部こなせなかったからさ」
「このくらい平気よ。美味しいバイト代も楽しみだし♪」
「はいはい。何がいい?」
「生クリームたっぷりのケーキがいいな♪あとはガウリイにまかせるから」
「了解」
嬉しげに瞳を輝かせて見上げてきたリナの頭を軽く撫でると、猫のように僅かに大きな目が眇められる。けれど、すぐにその表情が曇った。
「にしても……おばあちゃん、大丈夫かしらね?」
「ぎっくり腰ぽいからなぁ。オーナーがすぐに病院に連れてったから多分大丈夫だと思うんだが………」
「ぎっくり腰って、再発しやすいからしばらくは絶対安静でしょ?あのじっちゃんのことだからおばあちゃんにつきっきりになると思うし、あたししばらくバイトしてもいいわよ?」
「そうしてくれると嬉しいが、奥さんの容態とオーナー次第だなぁ」
「それもそうね」
2人して同時に軽い溜め息をついて頭を振った。
この店のオーナーである老夫婦。
パティシエ兼店員を勤めていた奥さんが、いつものように配達されたばかりの箱を何気なく受け取った途端に、ぴきっと固まって動かなくなってしまったのだ。
箱の中身は見た目よりもずっしりと重いフレッシュチーズ。
重いものはオレかオーナーが運ぶと言ってあるものの、このくらいならとついやってしまったらしい。
奥さんを溺愛しているオーナーが大騒ぎしながら救急車を手配し病院へ連れていったが、既に一回目のケーキはほとんど作り終わった状態だったため、店をオレに任せて行ってしまった。
最初のうちは1人でやっていたんだが、そのうち客も増えてきて、同時にケーキもなくなってきて。思わずリナに連絡して助けを求めていたのだ。
学校終わってすぐに来てくれたリナがこれ程輝いて見えた事はない。
アンティーク調な店のレジもこれまたアンティークだから、代金の計算がいっぱいいっぱいだったのだ。
「もうそろそろオーナーから連絡もくるだろうし。そしたら頼んでおくよ」
「そうね」
「適当に休みながらやってていいからな。オレはもう一度ケーキ焼き始めるから」
「チーズケーキ?後は何か焼く?」
リナの言葉にショーケースを覗き込む。
時間的にはあともう一回、会社帰りの客の波が来るだろう。でも、平日だし。
「ベイクドとレアチーズがそろそろ冷えて出せるぞ。あとはシュークリームとショートケーキってとこだな。それで今日の分はラスト」
「わかった。シュー失敗しないでよ?パティシエ見習いさん」
「大丈夫だって。毎日しごかれながら焼いてるんだから………多分」
「多分とか言うなっ。もう」
呆れた顔に笑顔を返して、オレは再びケーキを作る為に厨房へ消えた。
◆◆◆◆◆
「ありがとうございました。お気をつけて」
――――かららんっ
最後の客が店のドアから完全に姿が見えなくなるのを待ってから、1つ照明を落として閉店を告げるプレートを架け替える。
ショーケースはほとんど空。蔓で編んであるカゴに盛られたクッキーなどの焼き菓子も今日は結構出たようだ。
これならオーナーも文句ないだろう。
…………まぁ、接客上手なリナのおかげだが。
厨房をざっと片付けながらリナへのバイト代のケーキを仕込む。
これは、この『店の商品』ではなく、リナに食べさせる『オレ』のケーキだから。
昼間とはまた違った緊張感と同時に純粋な楽しみでもって作業は進んで行く。
『飛び切り美味しくて甘い自分好みのスイーツを腹いっぱい食べれるように』
そう初めは思って目指していたパティシエ。
でも今は、オレの作ったスイーツを食べて喜んで欲しい。
美味しい物を食べて、幸せいっぱいな笑顔を浮かべて欲しい………そんな事を思って頑張っていたりするのだ。
だからオレが作るケーキは、オレ好み、というよりはかなり彼女好みの味だ。元々味の好みは似ているから問題もない。
すごいパティシエのケーキを食べた時、どうすればこんなすごいケーキが出来るのかと、半ば途方に暮れた事もある。
けれど、リナが。誰かのものと比べるんじゃなく、『ガウリイだけの絶品スイーツを作ればいい』と言ってくれたから。
リナが喜んでくれるケーキを目指す事が、オレに取っての目標になっていた。
出会ってから、もう1年以上が経つ。
まるで、ついこの間出会ったようでいながら、もうずっと前から側にいるようだ。
そして、『手のかかる目の離せない妹』は、いつの間にか『小生意気な大切な彼女』へと変化していた。
焼き上がったスポンジのいい香りが店内に充満する。
丁寧に泡立てた生クリームはほんのりとピンク色だ。適度に冷えるまでフルーツと一緒に冷蔵庫で寝かす。
粗熱を取る為に金網に移したスポンジのフワフワ感も、この分だと大丈夫だろう。
僅かな空き時間に急いで厨房を片付け、その間にちょうど良く冷えたスポンジにたっぷりと生クリームの壁を塗り、側にストロベリー・ラズベリー・ブルーベリーの三種のベリーを添えて生クリームに混ぜたイチゴソースをかけた。
今日のリナへの『バイト代』。
イチゴのシフォンケーキの完成だ。
リナは喜んでくれるだろうか?美味しいと喜んでくれるだろうか?
リナにケーキを食べてもらう時は、いつも緊張する。
ピンク色のクリームを一舐め味見して軽く頷くと、慎重に箱に入れてから期待と不安を隠して店内に出て行った。
勝手知ったる何とやら、で。カーテンもしっかりと閉じられ、すっかり奇麗に掃除されている店内。
照明を少し落としたその中で、リナは普段は焼き菓子を並べて陳列している小さなテーブルを、お客が待っている時に使ってもらうソファベンチの前に持ってきて勉強していた。
リナが時々閉店後にここに来て、オレが作った試作ケーキを食べる時はいつもそうしている。
身に着けていた少し大きめなエプロンは、奇麗に畳まれて彼女の隣に置いてある。
――――そう言えば、確かリナは高校3年生。れっきとした受験生だったか。
制服で勉強している姿を目の当たりにすると、学生と社会人の差を実感させられる。
つい甘えてバイトなど頼んでしまったが、本当はそれどころじゃないだろう。
オーナーから連絡が入った時に事情を話して、明日から一週間程リナに正式にバイトを頼みたいと思っていることを了承されたが、それはオレに取っての都合だった。
こういうところが抜けているんだろうな………。
いつも守っているつもりで守ってもらっている。年齢が逆転したかのように。
どこか浮かれていた気持ちがしゅんと沈んだところに、リナがオレの存在に気付いた。
「お疲れ、ガウリイ」
「悪いな、掃除までしてもらったのにほっといて。家に連絡入れたか?」
「さっき電話しといたわ。バイトしたからガウリイにケーキとご飯おごってもらうって。だから、少し遅くなっても平気」
嬉しげにそそくさと教科書などをしまい込むリナの姿が少し痛い。そんなオレに気付いたのか、リナが僅かに目を眇めながら覗き込んできた。
「何?あ、おばあちゃんの容態どうだった?」
「あ、ああ。そんなに酷くはないらしいけど、一週間は安静にさせるって連絡が来た。無理して欲しくないからな」
「そう。で?あたしのバイトは?」
「…………許可は貰った……けど」
「けど?」
「すまん。お前さん受験生だってのに気がつかないで。オレの都合ばかり押し付けちまったな。」
白い帽子を取って頭を下げると、呆れた溜め息が頭にかかった。
「全く。変な顔してると思ったら、珍しくまともな事考えてたんだ。たまに脳みそ使うと知恵熱出るわよ?」
「…………リナぁ………」
軽くあしらわれてがっくりと肩を落とす。そんなオレを軽く小突いて、リナはいつものように不敵に笑ってみせた。
「気遣ってくれるのは嬉しいけど、勉強なら今してたし。要は時間の使い方の問題でしょ?」
「だがなぁ」
「第一、受験勉強なんて特別にしないし。あたしを誰だと思ってるの?天才美少女リナ=インバースよ」
「………しかし………」
「やれない事は最初から口にしないわ。あたしはピンチヒッターとして必要?必要じゃない?」
「…………………必要だ」
「んじゃ、あんたが悩む必要ないわ。あたしはおやつを食べられるし、あんたは苦手なレジやらないでケーキ作るのに集中出来るし。バイト代としてあんたがあたしのケーキ作っている間にこうやって勉強も出来るし。どこにも問題ないじゃない」
はっきりきっぱり言い切って、とどめにニッと笑って見せた。こうなったらもう反論の余地もない。言い出したら聞かないし。
苦笑するとオレはもう一度深々と頭を下げた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「了解。じゃあ早速バイト代頂戴♪」
ぱっと両手を広げながら期待に満ちた視線を受けて、更に苦笑しながらそっと箱をテーブルの上に置いて、ゆっくりと開く。
「あ、シフォンケーキ♪」
「ああ。生クリームたっぷりってリクエストだったから、イチゴのシフォンケーキにしてみた」
「もしかしなくても、スポンジも生クリームもイチゴよね」
「甘さ控えめだけど生クリームたっぷりだからな、口直しでベリーも添えてみた」
「うん。ほんのりピンクなケーキと鮮やかなベリーの色の組み合わせは見た目も可愛くって良い感じ。んじゃ早速、いただきまーす♪」
大きなフォークで大きな一口分を切り取ると、ぱくっと一口。
「〜〜〜〜〜〜おいし〜〜♪」
すぐに満面の笑みと共に何より嬉しい一言が飛び出して、ほっとしながらその笑顔につられた。
「スポンジはふあふあだけど適度にしっとりしてるし、クリームもたっぷりだけどあっさりしてるから、ホールもぺろっといっちゃうわよ♪」
その言葉通り既に4分の1程があっという間にリナの胃袋に消えていた。
美味しいものを食べている時のリナの嬉しげな顔を見るのが好きだ。見ているだけでオレまで満たされていく気がする。
夢中で食べているリナの隣に座ってその食べっぷりを見つめていると、ぺとっと頬にクリームを飛ばした。しかし、そのまま気付かず食べ続けている。
その子供のような食べっぷりに、可愛いと同時にむくむくと悪戯心が沸き上がってきた。
「リナ」
「ん〜?…んっ!?」
食べているリナをぐいっと引き寄せ、その頬についたピンクのクリームをぺろりと舐めとる。フォークを握り締めたまま一瞬何が起きたかわからなかったリナは、ぱちりと1つ瞬きした途端にみるみるケーキのクリームよりもピンクに染まった。
「ん。少し甘いか?」
「〜〜〜〜〜〜いきなりなんつー事すんのよっ」
「いや、クリームついてたからさ。オレも味見しようかと」
「そんな味見の仕方があるかっ!つか、これはあたしんのっ!勝手に食べるな!」
「いいじゃないか。少しくらい」
「ダメ」
「ん〜〜……じゃあ、リナから貰うならいいだろ?」
「は?………ちょっ!?」
ケーキの上からクリームを指先に一掬いすると、それをリナの唇に押し付ける。そしてそのついたクリームごと唇を再びぺろりと舐めた。
「こっちにつけた方が甘くなるな」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜あんたねぇ〜〜〜〜」
既にピンクのクリーム以上に真っ赤に染まった顔で食って掛かるリナを、オレは笑いながらぐいっと引き寄せ抱きしめた。
to be continue♪
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