おとぎ話と秘密の骨董品。
幼い頃にいつも側にあったその2つが、今のオレを形作っている。
優しかったばあちゃんはすでに亡くなり、大学に在学中から親の事業を積極的に手伝っていた兄は卒業と共に正式に家を継ぎ、両親は相変わらず忙しく世界を飛び回っている。
そんな中でオレは大学生活を満喫していた。
専攻は考古学。
難しい事は嫌いだが、どこか宝探しのようなこの考古学というものは好きだった。
それでも、いつもどこかで漠然とした不安を抱えてもいる。
両親や兄の携わっている事業とは全く分野の違う考古学という専門課程を選んだのはオレの意思によるものだが、興味のあるものと将来的に就職口があるのとは違うのだ。
大学院へ進んでまで考古学に没頭し、この先も研究者をとして生活していく、という程のめり込んでいるわけでもない。
就職を考える時期になれば当然のように、考古学とは全く関係ない、少しでも待遇の良さそうな職を見つける事に必死になるのだろう。親や兄の事業を継ぐ気は元々なかった為に大学では好きな学科を選び自由を満喫する事を許されているが、その反面、就職の時には当たり前の事だが親や兄のコネなどは一切使わないで自分で1から選び見つけなければならないのだ。
実際問題としては、そろそろ具体的な就職先の事を考え出し始めなければならない頃だろう。就職活動は年々早まっているようだし。
けれど、正直なところまだ全然就職とか将来のことなど考えられなかった。
大学生活の4年間は、どこか小学生の頃の夏休みを思い出させる。
夢のような毎日を繰り返し、休みが終わる数日前から宿題という現実を思い出し必死になっていた、あの時のように。
長い人生の大半を捧げる事になる『就職』という現実を前にして、少しの間だけ自由を貪る人生最後の長い夏休みのようなものなのだ。
危機感が薄いのは、同じゼミの友人の影響もあるだろう。
オレより遥かに夢のような現実に没頭しているやつらばっかりだ。
どこかまだ大人になりきれていない。もう少しだけ子供でいるのを許して欲しい。
この、人生の夏休みが終わるまでは。
そんな無意識が溢れているゼミの中で、みんながどこかに焦りを押し込めつつもそれなりに忙しく充実した毎日を過ごしていた。
「よう、ガウリイ。来てたのか」
「おう。ルーク」
「久々の実家はどうだった。何か掘り出し物見つけてきたかよ」
「あのなぁ。別に蚤の市に行ってきたわけじゃないんだぞ?」
「何言ってんだよ。蚤の市なんかより、お前ん家のがずっと宝の山だろうが」
1講義目が始まったばかりなのでまだ人の姿もまばらな学食で大量のパンをコーヒーと共に齧りつつ、同じ講義を取っている友人から貰った休んでいた分の講義のノートのコピーを眺めているところに、同じゼミの友人が現れた。
名前はルーク。
目つきと口が悪くて喧嘩っ早いが、骨董品、特に西洋アンティークの知識と目利きにはプロでさえも太刀打ち出来ないと呼ばれている男だ。
考古学を専攻に選んだのも、歴史がどうより、古代のお宝に目がないから、らしい。
『未知なる骨董品は男のロマンだ!夢だ!冒険だ!』などと豪語しているが、それを口にする度、同じくゼミ仲間のミリーナからは絶対零度の眼差しを向けられている。
尊敬人物が、ある映画の鞭を振り回す某探険考古学者だというのもある意味納得だ。でもこいつなら、もし仮に未発掘のエジプトの王墓を発見したとしても、ミイラより何より先に副葬品の品定めに我を忘れる事だろう。
オレも難しい歴史とかそう言うのは適当に、実家で過ごしていた時の影響で、何となく昔の珍しいものが好きってだけで考古学を選んだのだから人の事は言えないのだが。
ここまで趣味を全面に押し出せる奴もそうはいないだろう。
「あーあ、オレも講義なんて放っといてガウリイについてきゃよかったなぁ。なぁ、もう一回連れてってくれよ、お前ん家」
「お前はもうオレの実家には出入り禁止だっつっただろ」
「んだよー。ケチケチすんなって」
「………人ん家入った途端目の色変えて家捜しし始めたのはどこのどいつだ。いくら何でも、遊びに連れてきた友達を警察に突き出すようなまねはしたくないし。オレまで勘当されちまうだろうが」
「いや………なんつーか、あの時はお宝の山を目の前にしてつい我を忘れてだな……」
ぶーぶー騒ぐルークを半眼で見てやると、ジト汗を滲ませながらふいと視線を反らせた。
オレの実家は、いわゆる『由緒正しい古い屋敷』だ。遥か昔にはいわゆる『貴族』だったらしい。どんな爵位でどんな事をしていたのかは何度も聞かされた気がするのだが、難しい話は覚えていない。
代々当主しか入る事を許されない開かずの間とか、中に何があるのかもよくわかっていない古い蔵や、秘密の部屋とか代々伝わる宝部屋とかがある昔からある家。
自然、家そのものから家具やインテリアや何気なく飾ってある小物なども年代物のアンティークが多い。と言うか、今までそんなにそこまで価値などを意識した事がなかった。
が。
去年の夏休みに旅行のついでがてらにルークを連れて来たんだが、門をくぐった途端にもう目の色が変わってきて、家の中に入った瞬間から我を忘れて暴走し出したのだ。
ルークの扱いに慣れているミリーナでさえ咄嗟に反応出来なかったくらいに。
あれには本当に参った。
つきっきりで監視して、更にミリーナに脅してもらって何とか事なきを得たが、あれ以来家族の視線が痛いのだから、何と言われてももうこいつを実家に連れていく事はないだろう。
「ま、それはともかくとしてだ。実家の様子はどうだったんだ?もうすぐ夏休みだってのにその前に呼び出されたんだから結構大変だったんじゃねぇの?」
「ん?……ああ、まあな……」
話題を変えられたが、今度はオレの方が言葉に詰まった。
急に実家に帰る事になった為、大学を休んでいる間の便宜を図ってもらう為にルークには当たり障りのない事は少し説明したが、これ以上実家の内情を詳しく説明する気はない。
それ以前に、この問題についてオレ自身がまだ納得していないせいもあるだろう。
「あ、そう言えば。処分されそうだったから送ってもらったんだ。届いたら見に来るか?さすがにこれはお宝ってわけじゃないだろうが」
「お前な……いつも言ってるが、まず主語を言えよ。何の事だかわかんねぇって」
コーヒーを啜りながらジト目で見られて、反射的に頭を掻きながらにへっと笑う。いつもの事だからルークもまた溜め息1つで続きを促した。
「えっと、オレの子供の時のおもちゃ箱なんだけどさ。外見はそのまま、ほら、海賊とかゲームとかで出てくる宝箱なんだ」
「ふーん。んで?中身は?」
「んー…?あんまし覚えてないんだが…秘密の部屋とか宝部屋とかをこっそり探険してた時に見つけて気に入った物とか、こっそり持ち帰って隠して遊んでたりしてたから、お前が見たら何かお宝になるようなものも交じってるかもな。ま、開けてみたらグロープや壊れたロボットばっかだってオチもつきそうだが」
子供の頃の宝箱とは言えもう少しで処分されそうだったのだ。既に中を確認されてて、こっそり隠しておいた本来の意味でのちゃんとした宝物は抜き取られて元の場所に戻されていてもおかしくない。
時間がなかったから、何が入ってるかまでは確かめて来なかったのだ。
残っているのは、正しい意味で『子供の宝物』しかない可能性もある。今にして見れば、何がどう気に入って宝物にしていたのかわからないようなガラクタたち。
しかし、『お宝』の一言でルークのスイッチはしっかり入ったらしい。
「行く!オレが鑑定してやるからどこにも持って行くんじゃねーぞ!つか、こうしちゃいらんねぇ。今から行くぞ!」
「落ち着けって。まだオレん家に届いてないから」
国際便だから届くまでに少し日数がかかる。そろそろ届く頃だとは思うが。
「おいおい。期待し過ぎるなよ。開けたらただのガラクタだけって事もあるんだからな」
聞いちゃいないとわかっていても取りあえず釘を刺しておいた。
この調子だと、暴走を止められるミリーナもセットで誘った方がいいだろう。ルークの熱烈すぎるアプローチをドライすぎる一言でばっさりきっぱり切り捨てながらも、気がつけばいつも一緒にいて、しぶしぶだったりさりげなくだったりしながらもしっかりフォローしている。
カップル、というより、腐れ縁のパートナーという感じに見える2人だ。
傍から見ていても甘さの欠片もないが、それでも実は密かにそんな2人に憧れに似た感情を抱いていた。
ただの『恋人』というものでは括れないような間柄、関係を自然に築いている様が。
◇◇◇◇◇
「お。届いたみたいだな」
大学からアパートに戻って来たら、郵便受けの中に宅配便の不在表が押し込まれていた。
早速連絡してこれからまた配達してくれるように頼むと、荷物を待ちながら簡単な料理を作る。
一人暮らしを始めてから料理なんてやり始めたものだから、料理とは名ばかりの本当に大雑把で簡単なものしか出来ないが、それでもそうとんでもない失敗は今までした事がなかった。
ほとんどカンだけで作っているんだが、自分の口に合って腹が膨れる量が作れるなら問題ない。
習性的にパソコンを立ち上げ適当に入れてある曲を流しながら夕食を食べ終わった頃に、荷物が届けられた。
頑丈に梱包してある箱を開けていくと、現れた懐かしい古びた木箱。昼間ルークに言った通りの『宝箱』だ。
「……今のオレが守れる物なんて、このくらいなんだよな」
本当に久しぶりに触れた懐かしさと共に、自重な溜め息が不意に漏れた。
突然実家に呼び出されたのは、『これから先あの家をどうするか』という家族会議だからだった。
なかなか家人が戻らない本家を、人手に渡すか、または博物館のようなものにするか…そんな話がいつの間にか進められていたらしい。
屋敷を守っていたばあちゃんが亡くなってから、確かにあの家に定住している家族はいない状態だった。
ばあちゃんは昔ながらの女性であったから、『主人の留守の家は女主人が守るもの』として、じいちゃんが生きている時も亡くなってからもずっとあの家を中心に生きていた。
だが。母は仕事で不在がちの父の代わりに家を守るのではなく、共に世界を飛び回る道を選んだ。
どちらがより正しいわけじゃない。生き方の違いだ。
あの家の主人はもちろん父だが、屋敷は少し郊外にある為に仕事の都合上、両親は違う場所に拠点となる別の家を持っている。
その家ですら留守にする事が多いようだが、それでも両親の生活の拠点はそちらの家だ。
父の後を継ぐ兄も同様に、仕事がしやすい場所で両親とは別にマンションを借りている。
オレにしても、今は最後の自由を満喫する為に実家とは遠く離れた別の国の大学を選びこちらで暮らしている。
それでも両親は家主であるから、まとまった時間が取れば出来るだけ実家に帰るようにしているようだが、それでも実際には家族は定住していない状態なのだ。
人が住まない家はすぐに荒れてしまう。
もちろん、昔からの信頼のおける住み込みの使用人が何人かはいて家の管理などは任せているから、全く誰も住んでいないというわけじゃない。
それでも、久しぶりに帰った実家はどこか寂しい雰囲気を漂わせ始めていたように感じた。
オレは…あの家を手放したくないと思う。
現に今も実家から離れて暮らしているし、この先就職したらまた状況がどうなるかもわからない。
それでも。あの思い出の詰まった懐かしい場所に帰れなくのは嫌だ。
由緒ある屋敷とは言っても古さゆえの不便さも多々あった家だ。それに、住むだけで管理費や税金や人件費などもかなりかかってくるのもわかる。
幸いにして、金銭的な事でどうにもならなくて手放す、という事ではないようだ。
だからこそ。家族の誰もきちんとあの家に住む事が出来ないのなら、いっその事手放そうか……そう言う話が出てしまうのはある意味仕方ないのかもしれない。時代の流れというものもあるだろう。
家族会議という事でオレも呼ばれはしたが、まだ学生で親から学費と仕送りを貰って養ってもらっている以上、オレに発言権はあっても決定権は欠片もない。
手放さないでくれと主張はしてみたが、甘え故の感傷だと切り捨てられてしまうだろう。
それでも、すぐにどうこうするというわけじゃなかったのが救いだった。単に執行猶予をもらったようなものだが。
あの家で暮らしつつ、屋敷を維持する程の収入を稼ぎ出す事が出来たらーーーという事だ。
もう少し先だと思っていた夏休みの終わりは、もう目の前に迫っていた。
シビアな現実を早く受け入れろ、と。
「……現実は世知辛いよなぁ……」
ふうっと再び重い溜め息を吐き出す。無力さに何も出来ずに嘆いていても、どうにかしたいと焦燥感に襲われても、取りあえず日常をこなすだけで時間はどんどん過ぎていってしまうものだ。
そんな中でこの宝箱だけが時の流れを止めていた。
「本当に懐かしいな」
いつから忘れていたんだろう。思い出せないくらい朧げな昔の記憶の中に埋もれてしまっていた。この中には大切なものがたくさん詰まっていたはずなのに。
ある意味、この宝箱は象徴だ。
まだ本当の世界など知らず、大切に守られていることさえ気付かなくても全てを許されていた、無条件で愛されていた幼い子供時代の。
宝箱…いや、タイムカプセルを開ける時の気分に似ている。
僅かに緊張しながらゆっくりと蓋を開けて中を覗き込むと、そこには懐かしく感じるものから全く記憶のないものまで、実に色々な『宝物』が入っていた。
「……ルークに期待させるような事、言わなきゃよかったかな……」
まさに、子供の頃の自分が『宝物』としていたもの。
つまり……懐かしく苦笑しながらも、大人になった自分としては何故これを宝物にしていたのかがわからないような物ばかりだ。
言うなれば『ガラクタ』。
それでも中をごそごそと漁って見ると、少しは見られるものも出て来た。
「これは何となく覚えがあるなぁ…誕生日かクリスマスにもらったものだったか?」
古い、それでも精巧な作りのミニカー。
「これは……本物、なわけないよな…」
この短剣はどう見てもレプリカだろう。けれど手に取ると意外とずっしりとして細工もしっかりしてある。玩具、というような感じではない。
秘密の部屋かなんかに展示用として作ったか飾ってあったものをこっそり隠しておいたらしい。海賊ごっこか剣士のまねごとでもしていた、のだろう。
そして、箱の一番下にそれはあった。
とりわけ大事に隠してあったようにも見えるのに、何故これがここに入れてあったのかさえ思い出せない。
「これ…『魔法のランプ』…?」
泡のような遠い昔の記憶が浮かび上がってぱちんと弾けた。
ゆったりと柔らかなばあちゃんの語り声。
色々な昔話を何度もせがんで聞かせてもらった。
その中でも特にお気に入りだった物語を聞かせてくれる時にばあちゃんの手の中にあった、古びたアラビアのランプ。
ーーーー実は今でも何故これが『ランプ』なのかわかっていないのだが。
ランプ=カンテラだと思っていたし、ずっとカレーを入れる容器だと思っていたし。どうやって『ランプ』として火をつけるのか未だにわからない。
まぁ、それは今度ルークにでも聞いてみればいいだろう。
「こんなとこに隠してたのか、オレ」
物語の内容はちゃんと覚えてるとは言い難いが、それでも何となく記憶に残っている。
「えーと…『ちちんぷいぷい』だっけ?『開けごま』?…『アブラカタブラ』だったか?」
何か色々交じっているような気もするが…魔法の呪文と魔法のアイテムはセットじゃなかったっけ?
確か、魔法のランプを擦ると中から『ランプの魔神』が出て来て、何でも願いを叶えてくれるという。
子供の頃は本気で出てくると思っていたっけ。
もしランプの魔神が現れたら。今のオレだったら、一体どんな願い事を叶えてもらおうとするだろう。
自分ではどうにも出来ない願いを魔神に叶えてもらえたら……そんな事をちらっと考えてしまった自分が情けない。
子供の頃は無邪気で純粋なたくさんの願い事が溢れていたはずなのに、大人になると願い事でさえしたたかになってしまう。
あの頃のオレは何度も擦っては何も出て来ないランプを覗き込んで、どうしてからっぽなのか、どうして魔神は出てこないのか、とばあちゃんに詰め寄った。
その度に、ばあちゃんは困ったように笑いながら頭を撫でて、何か説明してくれた気がする。
(ーーー………それはね、ガウリイ……)
何て言ってたんだったっけ?
あの頃のオレは一体どんな願いを持っていたんだろう。
思い出せないままに、鈍い色にくすんでしまっているランプをキュッと擦った。
指先がこの感触を覚えている。それが何だかくすぐったい。
「奇麗に磨いてやんなくちゃな。せっかくまた会えたんだから」
魔神は出なくても、このランプは今のオレにとっても宝物だ。今まですっかりと存在すら忘れていたけれども、再び出会えたのは純粋に嬉しい。
これはルークに取られないようにしないとなぁ、と思いつつ。磨くのに適当な布がないか探そうと手にしたランプを机に置こうとした時だった。
「ん?なんか煙が…?」
咄嗟に小さなキッチンに目を向けるが、火の気はない。
「まさか、隣が火事…」
慌てて窓に駆け寄り開けて左右をきょろきょろ見回してみるが、特に変わった様子はない。
「?……気のせい……っっ」
首を傾げながら再び部屋の中を振り返って、思わず絶句した。
部屋の中が一面真っ白な煙で覆われていた。けれど焦げ臭くはない。むしろ微かにいい香りがする。花のようなどこか甘さを纏わせたお香のような。
一体どこから、と思いつつふと手に持ったままだったランプに視線を落として……硬直した。
(ーーー魔法のランプを擦ると中からランプの魔神が現れました。驚いているアラジンに向かってランプの魔神はこう言ったのです……)
ばあちゃんの語る声が耳の奥に蘇る。
けど。今まで数えきれないくらいランプを擦っても、こんな事はなかった。ランプから煙が出てくる事なんて…!
頭の中でパニックを起こしながらも視線はランプから離せない。
白い煙は徐々に濃い塊になって、甘いお香の香りも強くなった。
ーーーーシャラン
不意に響いた澄んだ金属音。鈴と言うより、金属の輪を擦り合わせたような決して嫌ではない不思議な音を合図としたように、白い煙が一瞬にして掻き消える。
(ーーー……オレ、実は寝てるのか……?)
そのくらいあり得ない景色が目の前に広がっている。
そう。
目の前に見知らぬ少女が浮かんでいた。
アラビアンナイトの絵本か映画から抜け出て来たかのような衣装を身につけた線の細い長い栗色の髪をした女の子が、目を閉じたままオレの目線と同じ高さに浮いている。
ーーーーシャラン
再びあの不思議な音がした。
そしてまたその音を合図としたように、ぱちっと目の前に浮かぶ少女の瞳が開いた。
「〜〜〜」
真っ直ぐに視線が合う。
強い光を抱く紅い瞳が驚きに見開いている。そんな少女の瞳に写っているオレも驚いているのが何だか奇妙で可笑しい、と、頭のどこかが冷静でいるのも妙な話だ。
「ーーー……えーと……もしかして……ランプの魔神、なのか……?」
常識ではあり得ない、けれどこの状態ではさすがにこの質問しか浮かばない。
オレの呼びかけに少女がぱちぱちと瞬きを繰り返した。きょろきょろと突然辺りを見渡し、その視線がオレの手元で止まる。つられてオレも視線を落とした。
2人の視線の先には、古びたランプ。
夢でもなければ、こんな小さな中から人が出てくるわけはない。
「………オレ、寝ぼけてるのかも……」
ぽろっと無意識に口にすると、ついっと少女の細い腕が持ち上がった。
ーーーーシャラン
また、あの音がする。
よく見てみると、少女の首と両手首、そしてウェストの位置に同じデザインの宝飾をつけていて、その4つを細い鎖が繋いでいた。
まるで、少女を緩やかに拘束しているかのように。
その鎖同士が揺れて触れることであの音がするようだ。
そんな観察をしていたオレの顔に不意に細い指先が触れてきた。
「っ………っっいててててっっ」
突然の事でぴくりと反応した途端に、触れてた指がむにゅっとオレの頬を掴み思いっきり引っ張った。というか、捻り上げられた。それはもう容赦なく。
「痛い?んじゃ起きてるみたいよ」
「…………へ」
「まだ寝てるみたいなら、もう一回引っ張ってあげましょうか?」
どこか楽しげに再び手を伸ばしてきた少女から慌てて距離を取る。細い見た目と裏腹にさっきは結構な力で引っ張られたのだ。まだひりひりとした傷みが、これは夢ではないと主張している。
頬を擦るオレを楽しげに見ていた少女とまた目が会う。
にっこりと微笑まれて、一瞬痛みを忘れた。
「まさか、あたしをまた外界に出せる人がいたなんてね。あまりに久しぶりすぎて、こっちが夢を見ているのかと思っちゃったわ」
「……………それって。夢かどうかオレで試したとか?」
「まぁ、そういう言い方もあるかもしれない」
「……………………かなり痛かったんだが」
「でも、お互いにこれが夢じゃないってわかったわけだし。細かい事は気にしない」
あっけらかんと言われてしまうと、それもそうかと溜め息1つで毒気が抜けてしまった。
「そんなわけで。物語のお約束通り、出してくれたお礼にあなたの願いを3つ叶えてあげるわ。その前に……」
ーーーーぐうううぅぅぅ………
「……………」
「………………外界に出ると急にお腹すくのよね。そんなわけで、何か食べさせてもらえると嬉しいんだけど」
派手に響き渡った少女の腹の虫の何より雄弁なその切実な主張に、妙な現実感が戻って来た。
同時に、人間、あり得ない事が起るとどうやら反射的に笑いがこみ上げてくるものらしい。
「ぷっ…すごい音だなぁ」
「むっお腹がすいちゃったものはしょうがないでしょ笑うなっ」
「笑うなったって、可笑しいだろうが。オレの腹の虫よりでかい音だったぞ?」
「うっさいよ!」
からかうと微かに顔を赤くして突っかかってくる。この服装と宙に浮いている事を除けば、普通のちょっと小生意気な女の子と変わりない。
「簡単なものしか作れないけどいいか?味に文句言われても聞かないぞ」
笑いながらキッチンに向かう。確かまだインスタントラーメンがあったし、適当な野菜も残ってる。冷蔵庫を覗けばまだ何かあるだろう。卵もあったし。
「どんなものが出て来ても大概のものは平気で食べられるから、とにかく大盛りでよろしく!」
「はいはい」
途端にぱっと元気になった少女の頭を思わずくしゃくしゃと撫でた。柔らかな癖っ毛が指先に絡み、ふわりとあの花のお香の香りが広がる。
「な、何……」
またまた赤くなった。ころころ変わる表情が楽しい。
「いきなり押し掛けて来たわがままな妹……いや、拾って来た犬か猫のが近いか?」
「誰が犬か猫よっ!」
そしてまたムキになる。いちいち反応が面白い。そして、そんな少女に反応する自分が可笑しい。
現実感がなかったはずなのに、いつの間にかこの状態を不思議とも思っていない自分に。
「名前は?」
「え?」
「ランプの魔神じゃ呼びにくいだろ?略して呼ぶか?ランプのランちゃんとか」
「ら、ランちゃんて、あんたね………ああもうっ!あたしの名前はリナよ。リナって呼んで頂戴」
「リナ、な。わかった。オレはガウリイだ。よろしくな、リナ」
もう一度くしゃりと髪を撫でると、リナは赤くなった顔のままどこか驚きに彩られていた。
「どうした?」
「……………あんたって変なご主人様だわ」
「ご主人様って………何か妙な想像されるからその呼び方はやめてくれよな」
「………やっぱり変な人」
「メシ食わせてやらんぞ」
「ああ、うそうそ!何て親切なご主人様!じゃなくてガウリイ!よっ、いい男!」
「ったく。調子いい奴だなぁ」
苦笑したオレを見てリナもどこか呆れたように笑った。
「短い間だけど、よろしくね。ガウリイ」
◇◇◇◇◇
突然現れたおとぎ話のランプの魔神。
忘れていた宝箱から、夢のような現実が飛び出して来た。
いくつかの腑に落ちない疑問を感じながらも、ランプの魔神の少女・リナとの奇妙な同居生活が始まったのだった。
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