Be mine〜1葉目〜


 

 森の中に溶け込むように広がっているクローバーの街は、今まさにお祭り状態の賑わいを見せている。
 元々活気のある街だけど、今は『会合期間中』だからか他領土から来た人々も混じりあい、賑やかさに拍車をかけていた。

 (みんな楽しそうね。それも協定のあるおかげかしら)
 どこか浮かれている人々に紛れながら、私もどことなく浮かれた足取りでクローバーの街を散策していた。
 いつもの見慣れた街が、まるで違う街のように見えて面白い。
 (…素直に『楽しい』って思えるようになったのは、最近のことだけど)  
 このクローバーの街を『見慣れた』と感じるようになったのは、本当につい最近のこと。  それまでは、見知らぬ街に戸惑い、ただ不安と寂しさしか感じなかった。
 それもそのはず。
 眠っている間に起きたとんでもない『引越し』のせいで、私はここで生きていくと決めた『ハートの国』の『時計塔』から弾き出されて、気がついた時には見知らぬ『クローバーの国』の『クローバーの塔』にいたのだから。


◇◇◇

 

 このおかしな世界の常識は、私にとっての『非常識』。
  それでも随分と慣れたつもりでいたのに、突然足元からひっくり返される。
 まるで、この世界に溶け込んでしまうことを拒絶されているかのように。
 人が動くのではなく土地そのものが、その上の建物と人と共に動くことが、この世界での『引越し』だった。
 でも、私は『余所者』だったせいか、滞在していた『時計塔』から弾き出されてしまった。  とんでもない『引越し』に呆然とするより何より、私という存在がこの世界にとって『必要ないもの』とみなされたことがショックだった。
 『時計屋』という、この世界において命を循環させ管理する役割を持つユリウス。
 そんな彼の元に図々しくも押しかけて、色々ありつつも一緒に暮らしてきた。
 寡黙で口が悪くてぶっきらぼうで、でもどうしようもないほど不器用で優しいユリウス。  本当の家族以上に家族らしく、一緒の部屋で暮らしていても気にならない絶妙な距離感で過ごせる人だった。
 この世界に残ると決めた時も、「そうか」とその一言で受け入れてくれた。
 だから、私はずっと『時計塔』で、これからもユリウスと家族のように一緒に生きていくんだと思い込んでいた。
 それを、ある日目覚めた瞬間に足元からひっくり返されて、不安定にならないわけがない。  しかも、突然の別れはユリウスだけじゃなかった。
 『引越し』によって消えてしまったのは、『時計塔』と『遊園地』。
 あの、賑やかで陽気な場所がそこに住む人ごと…破壊的な音楽センスの持ち主だけど、気のいいゴーランドまで消えてしまったのだ。
 『時計塔』は『クローバーの塔』へ。
 『遊園地』は『森』へ。 
 『ハートの城』と『帽子屋屋敷』はそのまま残ったものの、突然すぎる一方的な別れの理不尽さに納得できないのは私だけで、やっぱり私はどうあっても『余所者』でしかないのかと落ち込んでいた。
 だけど、別れと出会いは表裏一体。
 見知らぬ『クローバーの国』の『クローバーの塔』でパニックしていた私を導いてくれたのは、現実に出てきたナイトメアだった。
 夢の中以外で会えることに最初は困惑していたけれど、知らない場所で知っている人がいたことは、不安しかなかった私にとって実はかなり救いになっていたらしい。
 そのままクローバーの塔に滞在させてくれた上に、私の性格を見越して仕事まで与えてくれた。
 現実に出てきたナイトメアは『夢魔』だけでなく『クローバーの国の領主』という立場でもあって、それなのにそんな偉い立場を自分でも誇張しておきながら仕事はしたくないと大騒ぎする、どうしようもないダメ男だった。
 呆れながらもどこか安心した部分もあったのは、夢の中で過ごしていた彼と変わらない部分を感じたからだろう。
 夢から出てきて、服装も変わって。良く知っていたはずの人なのに全然知らない人のように見えて、やっぱりこれは全て夢なんじゃないかと不安で。
 その不安から連日のように悪夢を見るようになってしまった私を助けてくれたのも、知らないようで良く知っているナイトメアだった。
 ユリウスとは違うやり方で、側にいて守ってくれる…弾かれてしまった私の不安と寂しさを受入れながら、落ち着くのを待ってくれていた。
 消えてしまったものへの未練から、再び新しいものへ手を伸ばす力をくれたのは、そんな彼がいてくれた部分が大きい。
 この世界で初めて知り合ったナイトメアの護衛兼補佐官をしているグレイと共に、病院と薬と仕事から逃げ回っているナイトメアの世話に加えて、『引越し』の後には必ず開催しなければならないという『会合』に向けての準備をする毎日は忙しく、そんな慌しい時間が少しずつ私をこのクローバーの国に馴染ませていったのだ。

 

◇◇◇

 

 時計塔広場の街並みとは全く違っている、クローバーの街。
 森と溶け合っているようなこの街には、いたるところに巨大なきのこのモニュメントがあった。
 この国には、『遊園地』の変わりに現れた大きな『森』がある。
 その中には、何故か木々の幹にドアが張り付いていて口々に『開けて』と誘う少し不気味な『ドアの森』があったり、一面に人が乗っても平気なほど巨大でカラフルな色彩に溢れた『きのこの森』なんかもある。
 クローバーの国は緑に溢れた国だった。
 でも、ここもやっぱり銃弾飛び交う物騒な世界には変わりない。
 それでも今は会合期間中だ。
 (会合期間中はむやみに争わない、なんて。なんて素晴らしい協定があるのかしら)
 ただ集まることを主目的としたこの『会合』には、取り立てて議題もない。
 始まる前から既にぐだぐだすることが目に見えていた会合だけど、この協定だけは手放しで賛成できた。このおかしく物騒な世界で初めて意味のあるルールだと感動すらしてしまったくらい。
 (なるべく、って前振りはあるようだけど。それでも凄いわ)
 『役持ち』と呼ばれる各領土の有力者たちが一堂に会しながら、今のところそこまで大きな騒ぎは起きていない。
 会合自体に意味はなくとも、このルールだけは会合が終わっても出来る事ならずっと続けてくれればいいのに。
 いつもより平和な街に溢れる楽しげな人々に紛れて、私ものんびりと街を散策していく。  会合中は私が手伝える仕事も限られているので、空いた時間にこんな風に特に目的もなくふらっと街に出掛けることも多かった。
 『役持ち』は全員強制参加という会合だけれど、私はそれには当てはまらない。
 それでも一応ナイトメアの部下として会合にはできるだけ参加してはいるけれど、本当に何一つ会議が成り立たないのだ。
 まあ、議長が人一倍あがり症で開会の挨拶すらどもってまともに出来なかったナイトメアだし、そんな彼にあの非常に癖のある個性全開な友人たちをまとめ挙げて会議を進行させるなんて、どう頑張ったって無理だと思う。と言うより、彼らをまとめられる人なんてこの世界にいるんだろうか?
 現に、一度は顔を見せたからと既に会議をサボっている友人たちもいるし。
 (議長自らがサボりたいとダダをこねるくらい、どうしようもない会議だものね…)
 呆れもするけれど、さすがに同情してしまいそうにもなる。
 どうにかしてまともな成果を残したいと頑張っているグレイには申し訳ないと思うけれど。  (…2人とも疲れているだろうから、何か差し入れでも買っていこうかな)
 特に買い物目的で街に出てきたわけじゃないけれど、そんなことをふと思った。
 (あれでも、一応頑張っているんだし)
 役目とはいえ、あのどうにもならない会議に毎回参加しなければならないのは、多分まともな会議に参加するより余程疲れると思う。 達成感や充実感もなく、ただひたすら疲労感だけが溜まっていくことだろう。
 そうでなくとも、会合期間中は参加者全員が原則として塔に滞在する。 会議を仕切るだけでなく、塔主とその補佐役として気にかける事も私が思う以上に多いだろうし。
 (疲れている時はやっぱり甘いお菓子かしら。でもナイトメアはともかく、グレイは甘いもの平気だったっけ?)
 ナイトメアには何度かお茶会に招かれている。紅茶狂いのブラッドやビバルディが振舞ってくれるものとはまた違う上質な紅茶とお茶菓子を、彼も同じく美味しそうに食べていたからナイトメアは甘いものでも大丈夫だろう。
 でも、見た目も中身も完璧な大人の男性であるグレイはどうだろう?
 そういえば、ヘビースモーカーである彼が甘いものを食べているところは見たことがないかもしれない。
 ナイトメアとお茶会するとき以外の仕事の合間の休憩では、2人ともコーヒーを好んで飲んでいる。
 (コーヒーに合うようなあまり甘くないお菓子…ビスコッティやビターチョコレートとかなら平気かしら)
 2人の好みを思い描きながら、無意識に足は何度か訪れたことのあるパティスリーに向かおうとする。しかし、普段と違って会合期間中だけに出店しているワゴンなども多い。
 買い物の目的は決まっても特に買うべき明確な店を決めているわけじゃないし、時間に差し迫っているわけでもないので、そんな色とりどりなワゴンなども覗き込みながらゆっくりと街を散策していると、人混みの中から不意に声をかけられた。
 「アリス?」
 「…え?」
 (あれ?今の声ってもしかして…)
 聞き覚えのある声に呼び止められて足を止めて振り返ると、人の影からひょいっと顔を覗かせた人が私を見て笑った。
 「やっぱり君だったか。まさかこんな街中で会えるとは」
 「ナイトメア!?え、本物?」
  目の前にいるのはよく見知った顔。でも、こんな街中を出歩いているような人じゃない。  「本物って…当たり前だろう?今は夢の中じゃない、現実だ」
 「だって、あなたがこんなところにいるなんて思えないもの」
 (夢の中だけじゃなくて、塔の中にも引き篭もってるナイトメアなのに)
 塔の中以外でナイトメアに会うなんて、もしかしたら初めてかもしれない。
 病弱ですぐに吐血して倒れる自覚があるからなのかどうなのか、仕事から逃げ回っている時も塔からは離れたことがないのに。
 「私だってたまには外に出るさ。別に塔に閉じ込められているわけじゃないんだぞ」
 私のあまりの驚きように、ナイトメアが軽く肩を竦めて苦笑した。どうやら、本当に本物のナイトメアらしい。
 きょろっと周りを見渡すが、お目付役のグレイの姿も他の塔の職員の姿も見当たらない。どうやら護衛すら付けずに出かけて来たようだ。
 「何で、あなたがこんなところにいるの!?」
 しかし、本物なら本物で問題だ。
 「まさか、議長なのに会議サボったんじゃないでしょうね!?」
 (いくら中身のない会議で、ろくに進行の出来ない議長でも、いるのといないのとじゃ違うでしょ!?それとも、あまりのダメさに遂にリコールされちゃったとか!?)
 「…り、リコールとか……何気に酷いな、君は……」
 いくら言っても勝手に人の心を読むナイトメアは、私の容赦ない心の声にがっくりと項垂れた。
 「だって」
 「今は会議の合間の休憩時間だ、サボっているわけじゃない。ここにいることはグレイも承知しているんだからな」
 「そうなの?」
 (グレイが許可しているならさぼっているってわけじゃなさそうね)
 「…どうして君は私ではなくグレイの言葉は信じるんだ…」
 やっと納得した私にナイトメアは不満そうだけど、そんなの普段の態度を見ていれば当たり前だ。
 なおも不服気にブツブツ言っているナイトメアに私は軽く肩を竦めた。
 「だって、それだけあなたが街に出かけてる事が意外だったんだもの。しかも、今は会合中で人が多いのに」
 普段以上に人で賑わっているクローバーの街。
 ただでさえ病弱な彼に取って、人混みの多い場所に出かけるのはそれなりにきつそうだし。身体は大丈夫なんだろうか。
 「確かに人混みは苦手だが、賑わう街はそう嫌いじゃない。今は祭りのようなものだし…まさかこんな街中で君に会えるとは驚いたよ、アリス」
 軽く周囲を見渡して小さく微笑んだナイトメアに、私も小さく笑った。
 「本当にね。驚いたわ」
 この人混みの中で偶然知り合いに会うのだって驚くだろうに、その相手がナイトメアだなんて。けれど、驚きも納得すると他の興味が沸き上がって来る。
 「ナイトメアは何か買い物でもあったの?」
 パッと見る限り、特に何かを買った後には見えないが、滅多に街に出ない彼がここにいる理由が気になった。
 何か欲しいものでもあるんだろうか。
 ナイトメアってあまり物欲ないように見えるから、不躾だとわかっていても気になる。
 しかし、返された答えは思いもよらないものだった。
 「ああ、丁度君に何か贈り物をしようと考えていたんだ。だが好みが今ひとつわからなくてね…」
 「えっ!?私に!?」
 (なんでいきなりプレゼント?)
 そもそも、ナイトメアにプレゼントを貰う理由がない。
 「街を歩いていたら、急に君にプレゼントをしたい気分になったんだ」
 「そんなの理由になってないわ」
 「そうか?…じゃあ、君とこの国で会えた記念にって事でどうだ?」
 「はあ?」
 (そんなの、今更なのに?)
 「確かに今更だが…君は最近、やっとこの国の事を前向きに受け入れられるようになって来ただろう?それが嬉しくてね」
 「それは…」
 思わず口籠ってしまったのは、後ろめたい気持ちがあるからだ。
 時計塔とユリウスから離されてしまって、不安でどうしようもなかった私を側で支えてくれていたナイトメア。
 この国で出会い直した彼よりも、会えなくなった元の場所が恋しくて仕方なかった…間接的に、この世界と彼を拒絶していたようなものだ。
 (いくら不安だったからって…かなり失礼な事しちゃってたのよね)
 差し出されていた手を強がって払いのけて、でも結局は甘えていた。今思い返せば、かなり酷い態度も取ってしまっていたのに。
 この国に馴染み始めたとは言え、ハートの国や元の世界への未練が断ち切れているわけじゃない。
 クローバーの国を好きになって、前の場所を忘れていくのは怖いのに。
 こんな気持ちで、この国を好きになっていくのは間違っているんじゃないかともっと不安になる。
 「そこで落ち込まないでくれないか。全く君は…好きなものが増えるのはいい事じゃないか。それは嬉しい事だよ、アリスにとっても私にとっても」
 「ナイトメア…」
 落ち込んでいく私を拾い上げるように、ふわりと彼の手が私の頭をそっと撫でていく。
 (また、甘やかす)
 でも、甘やかす手を払いのける気にならない。それは、私を覗き込むナイトメアの目がとても幸せそうに微笑んでいるからだ。
 「ハートの国では夢の中でしか会えなかったが、この国で現実でも君と会えるようになって嬉しいんだよ。目覚めて忘れられるのが夢だが、目覚めても忘れられないのは嬉しい」
 「…あなたみたいな強烈な夢、目覚めたってそう簡単には忘れたりしないわよ」
 (現実であなたに会えるようになって嬉しいのは、私も同じなんだから)
 夢の中で過ごしていた時よりも、ずっと彼を身近に感じられる。
 確かに、現実に出て来た彼はどうしようもない男だけれど、それすら含めて夢の中だけで会っていた時よりずっといい。
 「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいよ」
 幸せそうな笑顔に釣られて、私も自然と笑みが浮かんで来る。
 落ち込んでいたはずの感情をするりと掬われて溶かされてしまった。
 「というわけで、君は何か欲しいものはないか?」
 「え?プレゼントなんて要らないわよ」
 「そう言わないでくれ。たまにはいいじゃないか」
 「そんな事言われたって…」  
 「私が君に贈りたいんだ。いいだろう?」
 ナイトメアはプレゼントする気満々らしい。彼が私にプレゼントしたいという理屈からすると、むしろ私の方こそが今までのお詫びを込めてプレゼントしてもおかしくないのに。
 (私も、あまり物欲ある方じゃないしな…)
 でも、嬉しそうなナイトメアの厚意をばっさりと断るのも気が引けた。
 『この国で私と会えた記念』…なんて夢見る乙女みたいな事を恥ずかし気もなく言ってしまえるのがナイトメアで、そこに深い意味もないだろう。
 純粋な好意だからこそ、戸惑う。
 「良かったら、君が直接好きなものを選んでくれないか?何でも買ってあげるから」
 「何でもって言われても…」
 (どうしよう)
 雑貨屋などを見ている時は何となく欲しいかな?って思う事はあっても、いざ何が欲しい?と問われても思い浮かばない。
 元々、アクセサリーなどもそんなに付けないし。
 困って周りを見ると、ふと通りがかったカップルが目に入った。
 幸せそうに手を繋いで歩くその手の先にキラリと揺れて光った物に心がくすぐられる。
 「…ブレスレット…」
 ぽつりと無意識に声に出てしまって慌ててしまったけれど、ナイトメアにはしっかりと聞こえてしまったらしい。
 「ブレスレットか。そうだな…先程覗いた店に、可愛らしいものがあったぞ。クローバーをモチーフにした銀のブレスレットでな。君に似合いそうだと思う」
 「い、いや…つい目についただけで、そう欲しいわけじゃ…」  
 (それに、恋人でもないのにアクセサリーとか買ってもらうなんておかしいじゃない)
 しかし、すっかりその気のナイトメアは焦った私の心の声に反応しない。
 「早速見に行ってみるか。ここからそんなに遠くないし、少し付き合ってくれると嬉しい。…ふふ、デートだな」
 「っ!?な、何言ってるのよっ、もう」
 (恋人同士でもないのに、デートとかおかしいでしょうが)
 だけど、心底嬉しそうなナイトメアを見るとそれ以上反発する気にはなれなかった。
 それに、ナイトメアが見立ててくれる物にも興味があるのも確かだ。
 少し速くなっている鼓動に気付かれませんように…そんな事をこっそり思いながら、私は踵を返したナイトメアに並んで人混みの中をゆっくりと歩き出した。

 

◇◇◇

 

 「ああ、これだ。君に似合うと思うんだがどうだろう?」
 雑貨屋よりはもうちょっと小洒落たある店に連れて行かれて、指し占められたショーケースの中を覗き込む。
 たくさんのアクセサリーの中で、それは控えめに存在を主張していた。
 「こちらですか?よろしければ試着なさいますか?」
 「ああ、頼む」
 「え、ちょっと…」
 私たちの様子を見ていた店員さんがにっこりと微笑んでショーケースからブレスレットを取り出してくれる。ナイトメアの視線に促されて、おずおずと左手を差し出した。
 肌に触れた金属の冷たさに、思わずぴくりと震えてしまう。
 ナイトメアが見立てたのは、このお店の雰囲気そのままにカジュアル過ぎずフォーマルにはちょっと軽い、丁度今のこのドレスに似合うもの。
 艶を消した細めのシルバーの2連チェーンに、ピンクゴールドのクローバーのチャームが1つだけついている。ハートを4つ並べて作られた四葉の1つだけにキラリと輝く小さな石がはめ込まれていた。
 淡い緑色に光る石…宝石にはあまり詳しくはないけれど、多分ペリドットだろう。
 「どうだ?」
 「うん。可愛いかも」
 そこまで存在を主張しすぎない大きさと華やかさは、ちょっとだけ背伸びした気持ちにしてくれる。
 クローバーの国のクローバーの街だけあって他にもクローバーモチーフのものはいくつもあったが、選んでくれたシンプルな可愛さに、つい口元を緩ませてチャームを揺らしてみた。  「そうか。気に入ってもらえたようで良かった」
 そんな私を見て、ナイトメアがほっとしたように微笑んだ。
 その顔は、夢の中のミステリアスな夢魔なものでも、クローバーの塔の偉ぶってはからぶっているちょっと情けない領主のものでもない。
 手を伸ばせば届く位置にいる、少し気弱だけどどこまでも優しいただの普通の青年のように見えた。
 クローバーの国で現実で彼と会えるようになってから、時々無意識に見せてくれるその表情。
 何よりもナイトメアのことを、ちゃんとここに存在する生身の人間らしく見える微笑みを向けられると、不意に鼓動が跳ね上がる。
 「ではこれを。ああ、このまま着けていっても構わないか?」
 「はい、かしこまりました。では保証書など別に準備いたしますね」  
 「え、ちょっとナイトメア!?本当に買うの?」
 乱れてしまった鼓動を悟られないように顔を逸らしこっそり深呼吸している内にさっさと話を進めるナイトメアに、思わず慌てて彼のスーツの裾を引っ張った。
 「いくら友達だからって、こんなちゃんとしたアクセサリーを買ってもらうなんておかしいわ」
 ここまでついて来て、試着までしておいて断るのもどうかとも思うけれど。
 たとえば、これが遊園地のワゴンなどで売られているものとかだったりしたら、ハメを外して一緒に遊びに来たノリと勢いで買ってもらうかもしれない。
 でも、今はそんな状況じゃない。
 このブレスレットにしたって、そこまで高価ぎるものでもないけれど、決して安いものでもない。自分へのご褒美としてちょっと頑張って買っちゃおうか、とか。それこそ。
 (…付き合い始めのカップルとかならわかるけど…)
 そんな感じのプレゼントだ。
 でも、間違っても私とナイトメアはそんな甘い関係じゃない。
 (私たちは友達で、家主と居候で、上司と部下でしょう?…そんなプレゼントを貰うような関係じゃないわ)  
 そう思いながらも、さっさとブレスレットを外してつき返せないのは何故だろう。
 「いいじゃないか。さっきも言っただろう?君に何か形で残るものを贈りたいと思ったんだ。夢から覚めても消えないものをね」
 この期に及んで躊躇している私の心を読んだナイトメアが、その白く長い指先でそっとブレスレットのクローバーに触れた。
 「君が、この国でも幸せを見つけられるように」
 その言葉と共に揺れた四葉のクローバーと私の心。
 (…ズルイ)
 そんな風に優しく微笑まれたら、私からそれ以上拒む言葉なんか出てこない。
 ナイトメアは、息も出来ないほどの悪い夢に魘される私を起こして、その夢を拭ってくれる…隠そうとしてもいつだって彼は私の不安や願望を暴いてしまう。
 意味不明で回りくどい説明で余計に混乱させたり惑わせたりもするけれど、いつだって道筋はさりげなく示してくれる。わかりにくくて、そのことに気がつくのはかなり後からだったことも多いけれど。
 いつだって、ナイトメアは私の心を守ってくれていた。
 夢でしか会えなかった時も、現実で会える今も。誰よりも近くで。
 ささやかだけど贅沢で傲慢な願いを、また見抜かれて、そして肯定してくれた。私の為に願ってくれた。
 「大切な友人への贈り物なら適正価格だ。だから君も気兼ねなく受け取ってくれるだろう?時には私の顔を立ててくれてもいいじゃないか」
 私は大人の男でしかも領主なんだぞ、とおどけながら続けたナイトメアに、私も軽く肩を竦めて返す。
 「…そうね。ここまで格好つけたんだから、たまにはあなたの面子も立ててあげるわ」
 微かに赤くなってしまった顔は隠しきれなかったけれど、可愛くない私の唇はやっぱり可愛くない言葉を紡ぎだす。
 それでも、そんな私の天の邪鬼さを誰よりもわかっている彼は、私の肯定の言葉を受け取って、ふわりととても嬉しそうに笑ってくれた。
 (本当にズルいなぁ)
 ブレスレットで揺れる四葉のクローバーよりも、ナイトメアが浮かべる心からの微笑みの方が、余程私を幸せな気分にしてくれるなんて。
 「いつも、とは言わないさ。気が向いた時にでも身に着けてくれれば嬉しい」
 「時々、ならね」
 普段は付けないアクセサリー。
 でも、揺れる度に微かにキラリと光るクローバーに私の心もキラキラ光る。
 「ねぇ、次の会議までまだ時間あるの?」
 「ん?ああ…まだ大丈夫だが…」
 「じゃあ、折角だからこのままカフェでお茶していかない?この間美味しいお店見つけたの」
 「いいのか?私と一緒で」
 店を出た途端にそう提案した私に、ナイトメアが少し驚いた顔をした。
 「当たり前じゃない」
 いつも一緒にいるけれど、偶然出会ったこの街の中で、もう少し一緒に過ごしたいと思ったから誘ったんだから。
 「喜んで」
 その後すぐに広がったナイトメアの嬉しそうな笑顔に、私の心がまた揺れる。
 クローバーと共に、キラキラと。
 「じゃあ、行きましょう。ナイトメアは甘いもの大丈夫よね?」
 「ああ、甘いものは好きだぞ」
 2人並んで人混みの中に紛れ込みながら、自然と笑顔になっていく。
 (ありがとう、ナイトメア)
 心の奥でこっそり囁いた言葉は、小さな赤いハートになって、胸の片隅でキラリと輝いたような気がしたーーーー

 

 


 

♪『Be mine』より1葉目のお話です。

『クローバーの国のアリス』のナイトメアルートで最初の会合の時に出てくる選択肢で、『プレゼントを贈りたいが何がいい?』というものがありまして。
その中の3択に『ブレスレット』があるのですよ。
普段アクセサリーとかつけないし物欲のないアリスの意外な要求に、実はチェックしていたものがあるとそのまま嬉しそうにデートに誘うナイトメアが可愛くてですね♪
なので『四ツ葉のクローバー』と『アクセサリー』を軸に、四ツ葉のクローバーの花言葉もかけた4編でのほのぼのを目指してみました。

4つのハートが集まって出来た四ツ葉のクローバー。
1葉ずつ染まっていくアリスのハート。

気が向いたら読んでやって下さると嬉しいです♪