Merty Snow〜『春を望んだ雪』前編〜


 

 静かに降り積もる白銀の雪が、クローバーの塔とその領土を包み込む。
 ジョーカーに連れられてやってきたのは、サーカスとくるくる廻る季節だった。
 暑くもなく寒くもない、常に一定でいつも穏やかな天候。だけど時間の経過がバラバラで太陽が巡る順番も時の長さもめちゃくちゃに狂っていたこの世界に、今度は季節まで目まぐるしく変わる。
 唯一の救いは、一度にやってきた季節が、各領土に振り分けられていることだろうか。
 随分この世界に慣れたと思っていたけれど、元の世界の常識はこの世界では全く無意味なものなのだとつくづく思い知る。
 淡い春の花が咲き誇るハートの城。
 照りつける太陽に灼かれる遊園地。
 色鮮やかな秋の実りに溢れる帽子屋屋敷。
 そして、凍てつく白銀に覆われたクローバーの塔。
 突然の季節の訪れに最初の内は戸惑ったものだが、一度目のサーカスを観に行く頃にはこのでたらめな季節にも慣れてきていた。
 この世界の季節はこう言うものなのだと呆れと共に受け入れてしまえば、今まで見慣れていた景色が新鮮に目に映る。
 各領地でその季節ならではのイベントも盛んに行われているし、折角全ての季節を廻れるのだからとあちこちに積極的に出歩いていた。
 けれど、一通り季節を楽しめば、やっぱり自分の滞在地の季節が1番落ち着く。
 クローバーの塔は凍てつく冬。
 初めて冬が来た時には、突然のあまりの寒さに思わずナイトメアの毛布に一緒に潜り込み、2人で暖炉の前で蓑虫状態になったりもしたけれど。慣れてしまえば、この冬のキンッとした空気は好きだった。
 それに、寒いからこそこの塔や塔に住む人の温かさをじんわりと感じられる。優しい色合いの塔と優しい人たちは、冬という季節を他のどこよりも輝かせているように思えた。
 

 さすがに領主だけあって、無駄に広いナイトメアの部屋。
 ナイトメアの私室でありながら、あまりに仕事が進まないため第二執務室に近い状態になってしまっている彼の部屋は、時に騒がしいくらい賑やかだ。
 彼自身が騒がしいから当たり前だけれど、今この部屋の中を満たすのは、心地好い静けさとパチパチと暖炉で薪が爆ぜている微かな音。
 そして、音としては微かだけど激しく熱い息遣いとくちゅと滑る水音。
 窓の外には、凍てつく寒さと白銀に埋もれるクローバーの塔とその街に、絶えず音もなく舞い落ちていく白い雪の花。
 けれど。今この部屋の中では季節を忘れ、白い雪はシーツとなって私たちを柔らかく包み込んでいる。
 「……はっ……ぅん……う……」
 「……っ…はぁっ……」
 もうお互いに声にならない声しか出ない。
 それでも相手は心を読むナイトメアだ。声にならない心の声はきっと筒抜けになっている。
 (ナイトメア……ナイトメア……)
 名前を呼べばそれに答えて、絡めている舌を優しく吸い上げてくれる。その心地好さに翻弄されながら私は腕を伸ばして彼に縋り付く。
 (……夢でも見てるみたいだわ……ナイトメアとコンナ事してるなんて……)
 「……ゆ、夢とか言わないでくれないか……」
 「だって……ふぁ…んっ……そうじゃない……」
 至近距離で見つめ合う真っ赤な顔。お互いの瞳に写る私たちはとても似た表情を浮かべていた。
 沸き上がってくる熱に素直に浮かされながらも、どこか戸惑っている……今この現状がどこか夢の事のように感じている。
 夢だとしても、夢魔であるナイトメアには現実と同じ事。だとすれば、夢ではなく妄想と言うべきだろうか。
 「もっ、妄想って……酷いぞ、アリス」
 「だって……っ……」
 (……キスだって自分からはまともに出来ないナイトメアなのに……)
 「……アリス……前に言っただろう?私だって……やる時はやるんだ」
 照れ隠しの戯れ言だとわかっていながら、それ以上の言葉を塞ぐようにまたナイトメアが私の唇を自分のそれで塞いできた。舌先で唇をくすぐってすぐに口内へ忍び込み、探るように誘うように優しく舌を絡ませてくる。
 ナイトメアらしい、優しいながらもいつの間にか引き込まれて全てを明け渡してしまうような、そんな蕩けるキスに酔わされていく。
 酔わされていくのはキスだけじゃない。
 躊躇いながらも身体に触れてくる指先はいつの間にか私の服を肌蹴させ、素肌に直接触れている。
 ぎこちなく壊れ物を扱うように怖々と、ゆっくりと丁寧に触れられて、触れられる指先から熱と共に緊張とそれ以上の愛おしさを直接注ぎ込まれているような気がしていた。
 恥ずかしさは当然あるけれども、でもそれ以上にくすぐったい。
 くすぐったさと共にもたらされる心地好さに身をくねらせて、それでも離れてしまわないように手を伸ばす。
 (……本当に夢みたい……)
 だって。ついこの間まではナイトメアとこんな事する関係じゃなかった。
 この塔が雪に覆われるまでは、『友達』で『上司と部下』で『家主と居候』……それ以上でも以下でもない関係だったのに。

 

 白ウサギに連れ込まれた先は、狂った時間とハートと銃弾が入り乱れた『ハートの国』。
 ナイトメアとは、その更に夢の中で出会った。
 夢の中の夢の人……ずっと、私の夢の中だけに出てくる、私の頭の中にだけ存在する都合のいい幻の人、そう思っていた。
 それなのに、突然の『引越』で世界は『ハートの国』から『クローバーの国』へ変わってしまい、滞在地であった『時計塔』とよく通っていた『遊園地』がそこに住まう人と共に消えてしまった。
 『余所者』として独り取り残されてしまった私を、消えた『時計塔』の変わりに現れた『クローバーの塔』の塔主として現実に現れたナイトメアが迎え入れてくれた。
 ただでさえ『引越』と言うあまりにも理不尽な突然の別れに混乱していたのに、ずっと夢だと思っていたナイトメアが実体のあるちゃんとした現実に存在する人だという事実が更に私を混乱させた。
 その混乱が不安を呼び寄せ、夜毎私に悪夢を見せつける……息も出来ない程の苦しくて切なくて愛おしい夢に魘されていた私を助けてくれたのは、夢の中ではなく現実で寄り添ってくれたナイトメアだった。
 夢から出てきたナイトメアは、僅かにあったはずの神秘性を夢の中に置き忘れて、仕事嫌いなのに上司として偉ぶって、注射・薬嫌い・病人の癖に喫煙しては吐血して倒れるのに頑として病院には行かない……どうしようもないヘタレな人だったけれど。
 夢でも現実でも心を見透かす彼に苛立つ事も多いけれど、それでも私の醜い心を暴いてもなおナイトメアは優しかった。
 ハートの国にいた時から、ナイトメアとの距離は他の誰よりも精神的に近かったせいもあるのだろう。
 ハートの国に別れてしまった大切な友人たちの事を思いながらも、新しいクローバーの国に慣れていく毎に、ナイトメアとの現実的な距離も近くなっていった。
 彼の右腕……と言うより既に母のように甲斐甲斐しく世話を焼くグレイと共に、ナイトメアの世話を仕事を手伝いながら過ごす塔の毎日は、騒がしくも充実している。
 時々、ふと不安に襲われ酷く不安定になった時は、私を導こうと口々に惑わすドアに引き寄せられたりもするけれど。そんな時も、ナイトメアは私を見守ってくれていた。
 そんな日々の中で、突然やってきた『ジョーカーの季節』。
 この塔に突然雪が降った時には、私とナイトメアの関係は、他の誰よりも近い距離にいたけれどもまだ『友達』で『上司と部下』で『家主と居候』から抜け出してはいなかった。
 なのに、今は違っている。
 確かにあったはずの壁は、いつ溶けてしまったのだろう。
 冬は寒いから、無意識にくっつく機会が多かったせい?
 くるくると廻る季節をナイトメアと過ごして、今まで知らなかった彼の色々な姿にいつの間にか引き寄せられていたのは否定しない。
 きっかけを作ったのは、確かに思わず私からしてしまったキスだった。
 だけど、確かな言葉も行動も何もないまま、いつの間にかするりと関係が変わっている。
 『友達』から『友達以上恋人未満』へ。
 ーーー『恋人未満』だったはず。ついさっきまでは。
 突き動かされた感情のままにナイトメアにキスしてしまってから、何度か軽いキスは交わしていたけれど。それはほとんど私からで。
 彼から向けられる好意を、『特別』なものかそうでないのかを無意識に確認していたのかもしれない。
 ナイトメアは、自分が受け入れたものに対しては、誰よりも大切に守る人だから。
 誰からも恐れられる、けれど誰よりも優しい夢魔。
 それに、私も自分の気持ちがはっきりわかっていなかった。
 最初からずっとある意味特別な人なのは間違いなかったけれど、その気持ちが『恋』に変わっていたのを最初は自分自身が疑っていたのだろう。
 ずっと『恋愛なんてこりごり』と言い続けていたのは私で、ナイトメアはそんな私の本心を誰よりも知っていたはずだから。
 『引越』で全ての境界は曖昧にされたーーそうナイトメアは教えてくれた。
 なら、『友情』と『恋愛』の境界もあの時に既に混ざり合いなくなっていたのだろうか。
 元々が『友達』からの私たちだから、交わす言葉には遠慮がない。それにナイトメアは心を読んでしまう。
 言葉も思考も態度も可愛げのない私だから、自分の気持ちにも素直に信じられないせいかもしれない。
 それに、ナイトメアが呆れる程初心で奥手なせいもある。
 時に思わせぶりな言葉と態度で私を翻弄させておきながらも、ナイトメアはどこまでも純粋で奥手で、この手の行動はすぐに真っ赤になって狼狽える。
 少しいい雰囲気になっても、緊張しすぎてお約束のように吐血してその場の雰囲気を台無しにする……そんな繰り返しで、私たちの関係はもの凄くゆっくりと変化していた。
 だからこそ、今のこの状態が夢のように感じてしまっても無理はないと思う。
 はしたなくも私が秘かに願っていた夢じゃないかと、つい思ってしまったのは、心の奥底でちゃんと名実共にナイトメアの『恋人』として存在したいと望んでいたから。
 ずっと、ちゃんと実感したかった。
 私だけじゃなくて、きちんとナイトメアからも求めてくれるくらいの恋愛感情があるんだって……友情からちゃんと変化したんだと。
 だから今の状況は、嬉しくて夢みたいで、どこか信じられないでいる。
 私に触れているのは本当にナイトメア?
 恥ずかしさよりもちゃんと信じたくて、このキスをやめられない。
 夢じゃないと実感したくて、自分からもっとと引き寄せ囁く思いを止められない……ーーー

 

 


 

♪『Merty Snow』より【春を望んだ雪】の前編です。

純情奥手ヘタレなナイトメアに萌えまくりです!!そんなあなたが大好きだ!!
いい雰囲気になって、互いに流されて、いざっ!!……となったのに問題発生(笑)
深く落ち込むナイトメアを励まして、雪が溶ける前に2人は果たしてリベンジ出来るのか!?
バレンタインのイベントを絡めた、いちゃラブえっち本です♪

気が向いたら読んでやって下さると嬉しいです♪