夜桜


 

 『夜の桜は妖しくも美しく恐ろしい…だから1人で近づくでないよ、アリスーーー』

 

 そう、ビバルディは忠告してくれたのに。
 美しくて恐ろしい…いけないとわかっているのに、魅入られふらりと手を伸ばしたくなる。

 (……どうして?)
 月明かりの下で咲く桜の樹の向こう側に、監獄が見え隠れしているのは何故?
 微かな風にゆらゆらと手招かれている 。
 それは、誰の手?

 


 監獄を背にしながら夜桜を見上げていた長身の影が、ふとこちらを振り返る。
 「あれ、アリス。君も、捕まっちゃたのか?」
 「!?……エース……」
 「はははっ。君って本当に怖いもの知らずだよね。1人でこんなところに来るなんて。陛下に忠告されてなかったっけ?」
 どこか呆れたように笑いながらも、私を見つめるエースのその瞳に浮かぶのはどこか昏い光。
 ここにいるのは『ハートの騎士』のはずなのに、ちらちらと看守の姿と入れ替わる。
 音もなくスラリと抜かれた剣の先で、夜桜越しの月明かりが踊る。
 空と地上に煌く鋭い切っ先。突きつけられながらも、私は動けない。
 「ーーー不用意に1人で夜桜に近づいたら、桜に捕まっちまうんだぜ?」
 はらり、と桜が舞う。

 ハートの城からの帰り道で時間帯が夜に変わった。
 足早に戻ろうとした途中で、ふと見かけた一本の見事な桜の大樹。
 凛と佇むその美しさに思わず心惹かれて足を止めた瞬間に誘い込むかのように花吹雪が舞い上がったのは、果たして偶然だったのだろうか……

 

 

◇◇◇

 

 

 淡い薄紅に染まっていたはずの綺麗な桜は、月光を受けている今は淡い薄紫に染まっている。
 同じ花のはずなのに、まるで全くの別物のよう。

 (本当に、同じ花なのかしら?)
 エースに剣先を突きつけられているのに、私の視線は彼を通り過ぎてその先の桜しか目に入らない。
 その、恐ろしくも妖しい美しさに魅入られて心が強制的に引き寄せられる…その先には監獄があるのに抗えない。
 怖いのに近付きたい衝動がどうしてか抑えられない。
 (…これと同じものを、私は知ってる気がする…?)
 ふと浮かんだ感覚に内心で首を傾げた。
 私は、一体何を知ってるんだろう。
 何に、こんなに惹かれているんだろう。
 監獄とは違う…怖いのに自ら捕らわれたいと吸い寄せられるようなこの感覚。
 「君は、捕らわれるのを望んでいる…困ったな」
 「…エース?」
 「『仕事』なんてしたくないのに、見て見たくて仕方ない…アリスがこんなところにいるからだぜ?近付いちゃいけない場所に触れたのは君だ」


  『夜の桜は妖しくも美しく恐ろしい…だから1人で近づくでないよ、アリス』

 

 ビバルディの言葉が脳裏に蘇る。
 あれは、こうなることを見越しての忠告だったの?
 「サーカスの舞台裏、ドアの向こう側、夜の桜…ここは迷子にとって誘惑が多すぎるよな。でも、折角の忠告をいつでも無視するのはアリス自身だ」
 「…私は……ただ、夜の桜も見てみたかっただけよ」
 「ははっ、痛がりなくせに知りたがりなアリスらしいけどさ、だから仕方ないよな」
 明るく笑いながらエースが断罪する。


 そう。
 ハートの城で開かれた花見のお茶会からの帰り道。時間帯が変わって夜になった。
 だから、つい魔がさした。
 ビバルディからの忠告が脳裏に一瞬浮かんだものの、妖しくも美しいと彼女に言わせたその姿をどうしても見たくなって。
 昼間の桜もとても綺麗だったから。
 (『1人』で見るのがダメなら、誰かと一緒ならいいのかしら?)
 彼女に招かれて、満開の桜の樹の下でいつもと違ったピクニックのようなお茶会を楽しみながら、あまりに綺麗な桜の花に見惚れていた私に、同じく花を愛でていたビバルディが言ったのだ。
 どうして夜の桜を1人で見てはいけないのかわからないけれど、そう忠告してくれた時のビバルディはサーカスのことを教えてくれた時と同じ顔をしていた気がする。
 サーカスは、舞台裏など覗かずにただ純粋に楽しめばいい、と告げられた時と同じように。  でも。
 知らなければそれですむのに、それで何度も痛い目に遭ってきていると言うのに。
 隠された存在をちらつかせられると無性に覗きたくなってしまうのは、まだ大人になりきれない証なのだろうか。
 (桜を一緒に見たいって誘ったら、付き合ってくれるかしら?)
 脳裏に浮かぶのは、冬の主。
 暖かく穏やかな春は病弱な彼にも優しい…と思いきや、花粉症という弊害があった。
 にも関わらず、春には何度も一緒に訪れていた。
 くしゃみで辛い思いをしても、夏や冬の過酷な気候に比べれば何倍もマシ、と言う事らしい。
 時に嫌な思いをすることはあっても、彼と花咲く季節を散策するのは楽しい。
 でも、まだ彼と一緒に桜は見ていなかったから。
 (だって凄く綺麗だったんだもの。独り占めはもったいないわ)
 見上げれば空一面を淡いピンクで覆っていた桜。
 僅かな風でも揺らぎ、折角の花なのに惜しげもなく花弁を散らす姿はまるで雪が舞うようで。 ただ綺麗なだけじゃない、独特の存在感に圧倒された。
 赤薔薇をこよなく愛するビバルディも、穏やかな表情でうっとりと見惚れていたほど綺麗で。
 お茶会に参加していたペーターやエースはさほど桜に興味はなかったようだけど、この景色をナイトメアにも見せてあげたいな、と思った。
  そう思って、彼を連れ出してからもう一度春の領土へ来ようと急いで戻ろうとした途中で見つけた、この見事な桜の樹。
 三日月の鋭い月光に照らし出されたその桜のあまりの美しさに、つい足を止めて魅入ってしまった。
 ざわめくような恐ろしさ…だけど、不思議と目が離せない。
 いつの間にエースがそこにいたのか、それさえ記憶にないほど引き寄せられる。

 「どうして…この花はこんなに…」
 綺麗で恐ろしくて心惹かれるのか。
 ざわざわと心が揺れる。
 同じ花のはずなのに、どうして昼と夜でこんなにも違うの?
 桜が手招く先にあるのは、どうして監獄なの?
 私は…どうしてこんなにも夜の桜に魅入られてしまっているの?
 昼間の桜は、ただ綺麗で可愛いとしか思わなかったのに。見惚れはしてもここまで心惹かれることはなかったはずなのに。
 どうして?
 「知りたい?」
 「ええ」
 こくんと頷いた私の首元にチクリとした痛みが走った。
 エースの剣先が触れている場所から、僅かに滲み出した血が切っ先を赤く塗らしていく。  エースがあと少し手に力を込めたら、簡単に私の命は奪われる。
 それなのに、感覚が麻痺しているのか、何故か全てが現実のこととは思えない。
 (…これは、夢…?)
 綺麗なものはいつだって夢。
 そして、夢は私を傷つけないはず。
 僅かな痛みや死に至るはずの恐怖まで、この桜に惑わされ狂わされていく。
 「桜の花ってさ、ピンク色してるだろ?…あの色は、血の色なんだってさ」
 「……え?」
 「元は白い花びらを、根元に埋められた死体から血を吸い取ってピンク色に染めるんだって話だぜ。でも、死体なんてすぐに消えちゃうんだから、その話は嘘っぽいよな」
 「…血の色…?」
 (これは、消えた命の名残?)
 そんなわけあるわけない。
 確かに白い花を色水につけておくと、茎がその色素ごと水を吸い上げることで白い花びらを染める方法はある。
 自然には存在しない、たとえば青い薔薇を作り出すことも出来る。
 でも、根を伝って血を吸い上げて白い花を染めるなんて、そんなことありえない。
 馬鹿げてる、と。昼に聞いたのならその一言で切り捨てられるのに。
 微かな風にざわりと揺れ、ひらひら舞い散る桜の花弁。
 月明かりを受けて薄紫色に淡く光るこの花は、あまりにも綺麗で恐ろしくて、そんな話はありえないはずなのにどこか納得しそうな自分がいた。
 「でも…君は違うだろ?」
 「…エース?」
 「君は死んでもすぐには消えない…アリスを埋めたら桜はもっと綺麗に染まるのかな」
 「……私じゃ、こんなに綺麗に咲けないし、潔く散れもしないわ。きっと」
 エースの剣を伝って、ぽたりと赤い雫が地面に落ちた。
 「でも、どっちみち捕らわれるなら、監獄の中よりも桜のほうがいいだろう?俺がちゃんと君を埋めて、綺麗に咲くのかちゃんと見ててあげるからさ」
 (捕らわれるなら?)
 優しげに誘うエース越しに揺れる、桜と監獄。
 でも、違う。
 心惹かれて捕らわれそうになっているのは否定できないけれど、私は既に別のものに捕らわれている。
 そう思った瞬間、ひらひら舞い散る桜の花弁はきらきら輝く雪になり、揺れる桜の影で手招きしていた監獄は姿を消し、代わりに浮かび上がったのはこちらに手を差し伸べている彼の姿。
 夜桜に惑わされて夢現の状態だった意識が、今になって剣が触れている場所から僅かに沸き上がってくる血とチリチリとした痛みを現実のものと感じ出した。
 夢は私を傷つけない。
 だから、これは夢じゃない。
 妖しい幻想の幕がパチンと弾けた。同時にあまりにも近くに迫っている『死』に今更ながらゾッとする。
 目の前で微かに笑っているエースの瞳には、ぼんやりとした狂気が揺れている。いつもどこか不安定で壊れている人だけど、今のエースはきっと夢心地で私を殺すだろう。
 「……やめて、エース」
 「いいよなあ、アリスは。死んでも別物にならないでいられるなんてさ。羨ましいぜ」
 下手に動けない、緊張と恐怖で声が震える。
 でも、どうにかしてエースを正気に戻さないとこのままじゃ……!
 「やめて、エース!私はもう…!」


 「ああ、アリスはもう私のものだよ、エース。桜にも監獄にも、無論君にだって奪わせはしないさ」


 不意に頭上から落ちてきた声が耳に届いたのと同時に、急に力を失ったエースの手から剣が滑り落ちた。
 「エース!?」
 「心配ないよ、眠らせただけだ」
 「ナイトメア」
 死への緊張が解けた途端、突然足元に崩れ落ちたエースを慌てて揺り起こそうとした私をナイトメアのひんやりした手が止める。
 確かにエースはただ眠っているようだった。
 特にうなされている様子もないことにホッとする。
 私を心の中で貶めた人を、ナイトメアは『夢魔』の目には見えない能力で一方的に断罪し傷つけたことがある。
 そんな苛烈で凍える程に非常な一面もある人だと知ったから、お互いに夜桜に惑わされておかしくなっていたとはいえ、私に剣を突きつけ傷つけたエースに対してただ眠らせただけなのは、安心すると同時に意外にも思えた。
 「そうでもないさ。私は君と違って優しくはないと言っただろう。一思いに殺してやった方がエースにとっては救いなのかもしれないが、望みを叶えてやるつもりはないからな」
 「…ナイトメア…」
 エースを見下ろすナイトメアの硬く冷たい声と眼差しの中には、押えた怒りと憐れみが滲んで見える。
 その灰銀の隻眼は、さっきまで突きつけられていた剣の暗い輝きを思い起こさせた。
 「全く。中々帰ってこないと思ったら、厄介なものと厄介な男に惑わされているとは。やはり君からは目が離せないな」
 「…ごめんなさい。夜の桜がこんなに危険なものだなんて知らなかったのよ」
 音も立てず空から降りてきたナイトメアのいつになく厳しい表情に思わず小さくなると、ふぅと大きな溜息を吐かれた。
 「桜は桜、昼でも夜でもただの花に変わりはない。桜自体に危険などないよ」
 「え?でも……」
 「夜桜に惑わされるのは、迷いを持っている者だけだ。1人であまりに壮絶な美しさに向き合うと、心の中を見透かされたような気になって怖さを感じる…しかし、自らの迷いに直面することを無意識に恐れ、桜に魅入られ迷わされたと思い込んでしまうんだ。そして無自覚のまま逃げ道を求める」
 (逃げ道?監獄が?)
 静かな声で説明しながらナイトメアが手を引いて立ち上がらせてくれる。
 「…夜桜に惑わされて心捕らわれるなら、監獄ではなく私に捕らわれてくれ。アリス」
 「ナイトメア…あ…」
 不意に伸ばされた彼の指が私の首元に触れて白い指先を僅かに赤く濡らした。途端に忘れていた痛みがチリチリと傷を主張してくる。
 今更ながら思い出した死への恐怖を振り払おうと身体を震わせると、急に引き寄せられた。  「っ…!?」
 血が滲む首元へ直接触れているナイトメアの唇。
 傷口をそっと舐められ、滲んだ血ごと強く吸われる。
 「んっ……あ……」
 再び駆け上ってきた震えは恐怖によるものじゃない。チクチクした痛みはいつしか小さな痺れとなって熱と共に全身を巡っていく。
 傷自体は小さく血も滲み出していた程度だったので、すぐに止ったようだった。
 もう滲み出してこないことを確認して安堵した彼の微かな溜息が首筋をくすぐって、私の唇からも僅かな吐息が漏れた。
 「……迷いを手放せないのがアリスだとわかってはいるが…捕まえたと思ってもちっとも私を安心させてはくれないな、君は……」
 夜桜を背にして私を覗き込む灰銀の隻眼。
 この妖しく誘う夜桜と同じように有無を言わせず心ごと吸い込まれそうなナイトメアの眼差しが、僅かに揺れて微かに伏せられた。
 「…ナイトメア…」
 「…いっそのこと、夢に閉じ込めてしまいたいと思うよ…」
 切なげな囁きと共にそっと頬を撫でられ、今度は唇を塞がれる。
 でも、私こそがナイトメアを捕まえていたくて、キスを受けながら彼の背に腕を回ししっかりとしがみついていた。
 (…夜桜にあんなに心惹かれたわけがわかったわ…)
 キスを受けながら、足元で眠っているエースをチラリと思い出す。
 確かに私もエースも常に迷っている。安定したと思っても些細なきっかけで不意に揺らいでしまう。
 でも、私が夜桜に魅入られた一番の理由は、ナイトメアが言ったように心の中に漠然とした迷いがあったせいじゃない。
 (…夜桜を見たときに何かに似ていると思っていたの。……桜はあなたに似ているんだわ)

 

 淡い薄紅に染まっていたはずの綺麗な桜は、月光を受けている今は淡い薄紫に染まっている。
 昼の桜はただ無邪気に綺麗で、温かく人の心を和ませていた。
 なのに、今は同じ花のはずなのにまるで全くの別物のよう。
 折角美しく咲いた花を人から讃えられても、全く執着せずに散らせていく桜。
 冴え冴えとした美しさは人を跳ね除け、それなのにその恐ろしくも妖しい美しさに魅入られて心が強制的に引き寄せられる。
 ……その先には監獄があるのに抗えない。怖いのに近付きたい衝動がどうしてか抑えられない。


 我儘で情けなく駄々をこねる子供のようでいて、懐に入れたものには誰よりも優しいナイトメア。
 全てを見透かし迷いを突きつけ惑わす、綺麗で恐ろしい『夢魔』としてのナイトメア。
 どちらも彼に違いないのに、時に戸惑うほど違う一面。
 醜い内面を読むくせに、綺麗な夢を見せてもくれる。けれどそれは目覚めれば忘れてしまう儚いもの。
 でも、だからこそ余計に惹かれて手を伸ばしてしまう。
 誰もが持つ二面性を、ここまで極端に現している人もそうはいない。
 現実にいるのに夢でもある不安定さに、いつか消えてしまうかもしれないという無意識の中に潜む恐怖を押えたくて、『夢魔』としての怖さを感じていても、それ以上にもっと側にいたいと求めてしまう。

 

 (私が惹かれるのは、結局はあなたを感じるものばかりなのね)
 夢に閉じ込められなくても、もうとっくに私はナイトメアに捕まっているのだから。
 時に他の何かに揺らいで迷ったとしても、行き着く先は彼の元だ。
 それに、ナイトメアは絶対に私を見捨てたりしない。
 それだけはちゃんとわかってる。
 「……君は…本当に私を弄ぶのが上手いな、アリス」
 「人聞きが悪いわね。そんな器用な真似が私に出来るわけないじゃない」
 「無意識でやっているから性質が悪い」
 名残惜しげに唇が離れ、甘さと微かな苦さの混じった溜息と共にぼやかれたが、そこにはもうさっきまでの妖しく全てを見透かす『夢魔』の顔はなかった。
 夜桜に吸い込まれるような魔力が解けて、私にも現実的な感覚が戻ってきている。
 そっと桜を見ても、今はその奥に監獄も手招きする手も見えない。
 そこにあるのは、ただ溜息が出るほど美しい花だった。
 ほっと息を吐いて視線を落とせば、まるで彼の方こそが死んでいるように眠るエースの姿にどきりとする。
 「…エースは…」
 「目が覚めれば現実に戻ってくるさ。だが彼の中から迷いが消えるわけじゃない。エースと2人で桜を見るのはやめておいたほうがいいだろうな」
 「元々一緒に見るつもりはなかったわ。気がついたらそこにいたのよ」
 『1人』で見てはいけないと忠告されていた夜桜。
 エースもいたのに結局は桜に魅入られてしまったのは、私たちが迷いを捨てきれない者同士だったからだろう。
 ナイトメアに言われるまでもなく、エースと2人きりになるような事態は避けたい。夜桜だけじゃなく、何がきっかけでまたこんな状態に陥るとも限らないから。
 (エースの為に死ぬことなんて出来ない)
 彼の一瞬の欲を満たす為だけに、迷いから解放されるために、命を粗末にすることなんて絶対にしちゃいけないことだ。
 そっと指先で首元の傷に触れる。もう血は止まったがチリっとした小さな痛みは大きな戒めだ。
 はらはらと舞い散る桜の花弁を身体中に受け止めながら眠るエースの顔は、それでもどこか安らかだった。
 死と眠りはどこか似ている。
 目覚めた後、この桜の樹の下で彼は一体何を思うのだろう。でも、私がエースに出来る事は何もない。
 不意に湧き上がってきた感傷を軽く頭を振って振り払ってから、私はナイトメアの手に触れた。
 体温の低いひんやりとした手が、僅かに驚きつつもしっかりと指を絡め離れないように繋いでくれる。
 「帰りましょう、ナイトメア」
 「桜はもういいのか?」
 「ええ、元々あなたを誘って観に行きたいと思っていたの。昼の桜もとても綺麗だったから」
 「では、今度は昼の時間帯に一緒に出かけよう」
 「そうね。今度は、明るい桜を一緒に見ましょう」


 (夜桜はもういいわ)
 夜の桜はあまりに妖しく心を惑わし私を誘うから……そう、まるで……夢の中のあなたのように。
 なら、誘われるなら、捕らわれるなら、桜ではなくあなた自身に惑わされたい。
 あなたに捕らわれ夢に埋もれるならば、私は素直に咲けるだろうから。

 もう一度だけ月明かりに浮かぶ妖しくも美しい夜桜を眺めてから、その誘惑を振り切るように私たちはエースをその場所に残したまま背を向けて歩き出した。

 

◇◇◇

 

 桜サクラ。
 それは、どこまでも可憐で清清しいほどに綺麗でありながら、見つめる者の心の深遠を見透かす花。
 今宵もどこかで、その壮絶に妖しく美しい花に魅入られ、自ら心を背けふらりと監獄へと迷い込む者がいる。
 ひらひらと舞う花影の奥で、哀れみと嘲りの笑みを浮かべる者は誰?
 薄紅の花弁に埋もれ、命と引き換えに甘美な夢に溺れることを望む者は誰?

 桜サクラ。
 昼と夜とで表情を一変させる、夢幻の花。

 

 『夜の桜は妖しくも美しく恐ろしい…だから1人で近づくでないよ、アリスーーー』

 

 


 

♪桜があんなにも奇麗で怖くて人の心をざわつかせのは、本能的に畏れているからなのかもしれません。
去年、ふと浮かんだフレーズをメモしていたものが形に出来ました。
ナイトメアは桜のイメージです。
奇麗で怖くて儚くて潔い…良くも悪くも。

…今年は忙しすぎてお花見にも行けませんでした…いつか自分の為の桜を植えたいなぁ。