悪戯の代償


 

 

 

 ほんの少しの好奇心と退屈を紛らわせる悪戯、だったはずなのに。
 何でこんな目に合わなくちゃならないんだ!?
 夢の世界は私の領域。
 全てが私の思うままの世界…だったはずなのに。

 

 「……………で?何で出てくるなりいきなり倒れるのよ、あんたわ……」
 「………酷い目に合ったんだよ……hー…気持ちが悪い………」

 乱射される銃弾と乱舞する2つの斧から必死に逃げて、辿り着いたのは誰よりも心地のいい彼女の夢の中。
 ここにだけは絶対に追いつけないように幾つもの夢を渡って軌跡をぼかしてきたから、もう安心出来るだろう。
 全く。あの連中に関わるとろくな事がない。
 落ち着いたら今度こそ嫌がらせでとっておきの悪夢を見せてやる。
 そう内心で毒づいても、今はさすがに何も出来ない。
 「ああもう、あんたって本当に………ほら、しっかりしなさいよ」
 呆れ果てた声で、それでも温かな手がごほごほと咽せる背中を撫でてくれる。
 人の手は不思議だ。
 特別なものなど何もないはずなのに、温かな手に触れられるだけで少しずつ苦しさが薄らいでいく。それは『余所者』である彼女だけが持つ力なのだろうか。
 彼女には、どうにも甘えてみたくなる。
 甘えても許されそうな、そんな気がして。
 「……膝枕、してくれないか?アリス」
 「吐血してる血でスカートを汚されるから嫌。血って洗ってもなかなか落ちないんだから」
 「………血なら止まったから」
 「何言ってるのよ。まだ口元についてるじゃない」
 「…………病人に優しくないな、君は。いいじゃないか、膝枕くらい」
 「膝枕は『くらい』じゃないでしょ」
 見上げた先の顔は心底呆れていて、伸びてきた細い指がピンッと軽くおでこを弾いていった。
 確かに、『膝枕』など誰にもやれるものじゃない。だからこそちょっと期待を込めてみたんだが、やはりここにいるのは私の願望であるアリスではなく、夢の世界のアリス本人であるためそう願い通りにはいかない。
 それが、残念なような、嬉しいような。
 夢の中で私だけが会える、唯一の存在。
 誰かが生み出した儚い願望ではない、アリス自身だ。
 現実主義者でいつもどこか冷めた見方をして、無意識に自分に壁を作ってしまう子。
 皮肉屋で根暗で性格が悪いと自分で公言しているが、それは全て自己防衛からくるものだ。
 優しさゆえに傷つきやすくて、怖がりだから手を伸ばせない。自分に自信がないから、余計に自分を必要としてくれる誰かを切望している。
 彼女の心の中はそんな揺らぐ思いでいっぱいに煌めいている。
 その煌めきはこの夢の空間に似ている。眩いわけではない事に自虐しているが、そんな輝きだからこそ余計に惹かれ、心地好く愛おしく感じるものだ。
 この世界の住人は誰でも彼女を愛せずにはいられない。この無意味な世界で唯一『意味』を持つ者。
 けれど、彼女の心を覗ける私は彼等以上に深く惹かれていく。もう白ウサギの事をとやかく言えないくらいに。
 そんな事をぼんやりと考えていると、不意に小さな溜め息が頭の上に落とされた。
 「しょうがないわね……これでまた吐血したら容赦なく落とすからね」
 ぶっきらぼうな口調とは真逆な柔らかな感触がふわりと頭を包み込む。
 そっと持ち上げられた頭が柔らかな膝に乗せられた。
 「なっ…何で……!?」
 「……あなたから言い出した事なのに何で焦るのよ」
 「だって、まさか本当にしてくれるとは……」
 「き、気分の問題よ。別にしなくていいならそれでいいけど」
 (……だって珍しくストレートに甘えてくるんだもの。それに、いつも以上に顔色も悪いし…夢の中だっていうのに何でこんなに疲れてんのかしら?)
 途切れた言葉の続きは心の声で囁かれた。
 もう慣れてしまって諦めている部分もあるが、彼女は私の前でも思考を取り繕ったりしない。覗き見ると怒るが、それでも無防備だ。
 するりと漏れて聞こえてしまう声がくすぐったい。
 「ちょっとした悪戯をしたら、返って酷い目に合ってしまったんだよ。全くあの連中ときたら冗談が通じないばかりか、よってたかって人を脅してきて……」
 「悪戯って、誰かの夢で?連中って事は1人じゃないのね?」
 呆れと興味を混ぜた視線が上から覗き込んでくる。
 「君もよく知っている連中さ。この帽子屋ファミリーのボスとその部下たちの夢をちょっと覗いただけなのに」
 「ブラッドたちの夢で悪戯してきたの!?」
 (覗くだけならまだしも、中で悪戯までしてきたなんて……怖いもの知らずっていうか……)
 「バカじゃないの、あんた」
 深い溜め息と共にペチンっと軽くおでこを叩かれた。
 「…バカって言い方はないだろう」
 「『好奇心ネコを殺す』って言葉知らない?……ああ、でもあんたって知ってても手を出すタイプよね」
 (本当に、子供っぽいんだから)
 「子供じゃないぞ、私は」
 むっと口を尖らせると、再びペチンっとおでこを叩かれた。
 呆れの中に私に対する確かな心配がくすぐったいような痛みの中に含まれている。
 それは、滞在している帽子屋ファミリーの面々の性格をよくわかっているからだ。
 この世界の『役付き』たちは誰もが多少の差はあれど好戦的でプライドが高い。その中でもマフィアなどやっている帽子屋ファミリーのボスとその腹心たちだ。
 面白い事には目がないが、自分がそのネタにされたとなると倍以上にやり返す連中をからかうのは、確かにリスクを背負う。だが。
 「そのスリルがいいんじゃないか」
 「………あんた、本当にいっぺん頭の中を手術してもらいなさいよね」
 「んなっ…なんて恐ろしい事を言うんだ、君は!それに私は確かに病弱だが頭はどこも悪くないぞ!」
 「充分悪いわよ!」
 (膝から落としてやろうかしら。その刺激で少しは良く……ならないかもだけど)
 「落とすのはやめてくれ。せっかく落ち着いてきたのにまた具合が悪くなってしまう」
 慌てて頭を乗せている彼女のエプロンを掴むと、再び溜め息と共にペチンとおでこを叩かれた。
 「…………そこまで心底呆れなくてもいいじゃないか。君だって気になるだろう?連中が一体どんな夢を見ているか」
 そう振ると、アリスの意識が私への呆れから連中たちが見ていた夢へと興味が移ったようだ。
 「ブラッドたちの夢?」
 「そう。あの連中が夢に見る程夢中なものが一体何なのか」
 そう問いかけると、アリスの視線が何かを思い出すかのように中空に向けられた。
 「夢に見る程夢中なものねぇ。そうね…ブラッドならば紅茶の夢かしら。エリオットは間違いなくニンジンよね。双子たちは…新しく考えた危険な遊びとか?」
 そして紡がれた彼女の答えに思わず苦笑する。
 「まぁ、当たらずも遠からずと言ったところだね。よく連中の事をわかっているじゃないか」
 「良くも悪くも色々と馴染んじゃったもの」
 肩を竦めて同じく苦笑するアリスのその表情を見て、今とても近くで彼女に触れているのに何故か寂しさが不意に沸き上がってきた。
 「それにしても。君は……本当に誰からも好かれるな」
 「は?何を今更、それをあなたが言うのよ?しかも、何で今?」
 「いや……わかっていた事なんだが、それを実際に目の当たりにしてしまうとね」
 (……ナイトメア?)
 期せず零れてしまった自嘲気味な声を耳にしたアリスがどこか不安気に心で呼びかけてくる。上から覗き込んできた彼女から零れ落ちてきた一房の髪を指に絡めとり、見下ろす瞳に小さく微笑んでみせた。

 
 当たらずも遠からずな夢。
 夢に見るまで夢中になっている対象の核が、実は自分などとは思いもよらないでいるアリス。
 自分に自信がない彼女は、それ故にとても無防備だ。
 こちらが焦りを感じるくらいに。
 だからこそ、連中の夢に乱入して悪戯した。
 悪戯しないでいられるわけがない。
 それは多分嫉妬なのだろう。
 
 帽子屋が見ていた、『2人きりのお茶会を楽しむ夢』。
 三月ウサギが見ていた、『手製のニンジンケーキで誕生日を祝ってもらう夢』。
 双子の門番たちが見ていた、『べたべたとくっつきながら一緒に眠る夢』。
 実に可愛らしい………子供たちは実にいかがわしいが……ささやかな願望だった。
 あの『帽子屋ファミリー』の連中が、そんな可愛らしいささやかな望みを彼女に対して抱いている。
 それは、あくまでも『夢』。
 現実では実現出来ないとわかっているから無意識に望みを夢に紡ぎだす。それがどんなに自分の都合のいい内容でも、誰にも迷惑をかける事もなく誰にも知られる事もない。
 目覚めた途端に自分の記憶からもするりと抜け落ちてしまうような、儚い幻想だ。
 それでも、あの連中たちが見ている夢をそのまま黙って見ている事は出来なかった。
 悪戯をしかけてからかって、夢を中断させる。続きなど見せないように、見れないように。
 自分でも呆れ返る程に子供っぽい事をしているとは思う。思うが、それでも。
 ずるい、と。そう思ってしまったのだから仕方ない。
 
 夢の世界は私の世界。
 アリスに会えるのも、今はまだこの夢の世界でだけ。
 あいつらは現実でいつでも彼女と会えるのに、それだけでは満足出来ずに夢の中でまで会いたいと願っているのだ。
 私は、ここでしか会えないのに。
 それなのに私の世界で、自らの生み出した儚い願望とはいえ、それぞれに都合のいいアリスを夢見た。
 夢だとわかっていても、それはアリス自身ではないと誰よりもわかっていても。
 他の男に求められ目を向けるアリスの姿を見るのは耐えられなかった。
 夢の世界は私の世界。
 ならば、私の望まない夢は消してしまおう。
 
 ーーーー夢魔としての職権乱用だな。

 ふと、自嘲する。が。
 自分よりも遥かに職権乱用しまくっている他の権力者の顔がちらりと脳裏に浮かんで、あの連中よりはマシかと都合良く納得することにした。
 実際のところ連中の事をちっとも笑えない。
 今こうして彼女に膝枕してもらっているのだから。
 連中と違うのは、これは夢ではなくて現実だ。
 けれど、私にとっての『現実』は、彼女にとってはどこまでも『夢』でしかない。
 『夢』の中だからこそ、こうして私を甘えさせてくれるのだ。
 目覚めてしまえば消えてしまうし、現実ではないからこそ大胆になれる。
 こうやって触れて共に過ごしていても『夢の中の事』としてさらりと流され、そのうち現実を過ごすうちに夢の中での記憶は曖昧になっていつか忘れてしまうだろう。
 『夢の中』だからこそ、帽子屋連中やその他の役持ちたちにも見せる事がない素直さを時に覗かせてくれる。
 こうやって、呆れながらも結局は甘えさせてくれる。
 夢だから、と。
 
 そう。ここは『夢』。
 ーーーーその当たり前の事実が最近とても切なく感じてしまうのは……これも私の我が侭なのだろう……
 
 
 こぼれ落ちた髪を辿って伸ばした指先が滑らかな彼女の頬に触れる。触れた瞬間はピクッと身体を強張らせたがすぐに力を抜いてそのまま拒むことなくいてくれる。少し困ったようなくすぐったそうな表情を浮かべながら。
 アリスの中で私はどのくらい受け入れられているのだろう。
 「……せめて夢の中では私が君を独占してもいいだろう?連中と違って、現実では会う事すら出来ないのだから」
 いっその事、ルールを破ってしまいたくなる。
 ルールなんて無視をして、現実で彼女に会いたい。
 ルールを破ればペナルティが課せられるが、それでも…と。
 思わず漏れた本音を耳にして、覗き込んでいるアリスの瞳が大きく瞬きした。
 ーーーーぺちっ
 「何言ってるのよ。夢の中に引き蘢って出てこないのはナイトメアの方でしょう?出てこようと思えばすぐに出てこれるくせに」
 呆れの溜め息と共にまたぺちりとおでこを叩かれた。
 「hっ…そ、それはそうなんだが…私は夢魔だからして…」
 「でも夢からも出て来れるのよね?現実で会えないのはナイトメアが夢から出て会いに来てくれないからじゃない」
 現実に自由に戻れる事は前にアリスに話した事があるが、詳しいルールを話した事はないしこれからも話すつもりもない。
 現実での私の居住地はハートの国ではないのだから、現実に出てきた方が実際のところ彼女と会うのは難しいのだ。ルールを破らない限り。
 どのように誤魔化そうか一瞬言葉に詰まった時。

 (…夢の中でだって、あなたから来てくれなければ私からは会えないのに…)

 拗ねたように付け加えられた心の声に、今度は私の方こそがパチパチと瞬きを繰り返した。
 そしてその言葉が空虚な内面に染み込んだ途端、思わず口を覆い隠した。
 「ちょっと、急にどうしたのよナイトメア?…また吐血しそうなら膝から落とすわよ」
 「ち、違う……君が…」
 「私が何よ?……ん?吐血じゃなくて今度は熱なの?あんた本当に病院行きなさいよ。1人で行けないなら一緒に行ってあげるから本当に夢から出て来なさいよね」
 「びょ、病院は行かないぞ!君には会いたいが病院には絶対に行かないからなっ!」
 「ああもう本当に…現実で会えたなら縄で縛ってでも連れてくのにっ!」
 呆れ怒りながらそれでも本気で突き放す事のないアリス。
 ここは夢の世界。
 私にとっては現実でも、彼女にとっては所詮夢。
 目を覚ましてしまえばここで過ごした記憶は曖昧になって、いつか消えてしまう。
 それでも。
 「アリス」
 「何よ」
 「君が望んでくれるなら、私はいつだってどこにだって君に会いにいくよ。いつだって、ここから君を見守っているのだからね」

 夢であっても、私を求めてくれるのであれば。
 それがたとえ夢にいる時だけであったとしても、真っ直ぐに私の事を一番に考えてくれているのであれば。
 会いたいと、そう思ってもらえているのならば。
 彼女にとっては夢でも、私にとってはこれは現実。
 だからーーーこんなに、幸せな事はない。
 
 「………堂々とストーカー宣言されてどう喜べって言うのよ」
 出来るだけ呆れて冷めた声を作って憎まれ口を紡ぐアリスの顔は、言葉とは裏腹にほんのり赤く染まっている。
 彼女の瞳に写っている私も人の事は言えないが、熱のせいだと彼女が思い込んでくれたのでそれに便乗しよう。
 「あ……」
 不意にアリスが小さな声を上げる。と同時に彼女の輪郭がぼんやりと滲んだ。
 目覚める前兆、現実世界に戻っていく。
 彼女が消えてしまう前に身体を起こし、溶けていくアリスに微笑んだ。
 「行っておいで、アリス。私はここで待っているから、君がまた眠りについたらすぐにでも迎えに行くよ」
 消える瞬間に彼女が残してくれたのは、照れた微笑。
 無限に広がる夢の世界が、彼女が消えた事で更に広く空虚になったような気がする。
 「………君を見送るのは毎回寂しいことだな」
 けれど、今日は寂しさ以上に暖かさが残っている。
 くすぐったさと切なさと。
 夢での記憶は消えてしまったとしても、こんな感情が君の中でも残っていてくれたらいい。
 「さて、体調も良くなった事だし………アリスが目を覚ます前に急いで手を打っておかないとな。さっきの仕返しはきっちりとさせてもらおう」
 
 ふわりと空間に浮かび上がりそのまま身を溶け込ませる。
 向かう先は帽子屋の夢。
 他の連中はともかく、あいつだけはさっさと自分の夢に戻っていったからきっと何か企んでいるんだろう。
 起きてからアリスによからぬ悪さをしないように、しばらく深く眠らせておこう。実際のところ、身体的には強制睡眠をとらせてもおかしくない状態だったのだ。
 そう、これは嫌がらせじゃなくて親切心だ。そうに決まっている!
 

 

 

 夢を覗いて悪戯した代償は、現実へのジレンマ。
 届きそうで、決して交じりきる事のない距離を切なく思い、忘れられてしまう記憶を嘆く。
 同じ場所で参戦する事を許されない、その焦りを更に煽られて。
 けれど。
 今回の事でどこか覚悟が出来たような気がする。
 彼女にとっての『夢』は私にとっては『現実』。
 目覚めれば曖昧になって忘れられてしまうのが夢であっても、会う度に彼女の中に確かに降り積もっているものがある。
 目覚めた後も決して消えないものがちゃんとあるのだと、他ならぬ彼女に示されたのなら、もう躊躇っている暇などない。
 この世界の誰もが惹かれずにはいられないのに、自分の事をどうしても好きになりきれない、この夢の世界と同じようにぼやけて不安定なたくさんの光を胸の内に抱えているアリス。
 過去の失恋の痛みと頑なに手放そうとはしない深すぎる傷に捕われ、恋愛などこりごりだと固い殻でがっちりガードしているが、私に対してはそのガードが緩んで来ているのを確かに感じているから。
 

 アリスを巡っての争いに、諸手を振って参戦しよう。
 現実で戦えないなら、夢魔である事を最大限利用して。
 

 

 ハートが狂ったおかしな世界にまた1人。
 初めての『恋』と言う名の厄介な魔物に捕われた。


 

♪ナイトメアってなんでこんなにいじられキャラなんだ…っ!!(悶)

『ハートの国のアリス』はPC版でプレイしていたので、今回PSPで出る事になった時には真剣に買うかどうか悩んだのですよ。
PSP(ハトアリ)かDS(アラロス)か…でも、特典CDでナイトメア出るのわかった途端にあっさりハトアリGET(笑)

最初のあの一言を耳にした瞬間、本気で色んな意味で悶えたね(笑)
一瞬にしてアリスのコスプレしたメアが浮かんだ自分の脳みそをどうにかしないとと真剣に思ったさ。

かっこよく主導権持って行けるのに、途中で自分から全て台無しにしてしまうダメダメなあなたが大好きです!!